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公募シンポジウム
基礎研究で活躍する精神科医の魂はいずこに宿るか?
3B-公募2-1
臨床教室に所属することで気付かされた研究医のミッション
田中 謙二
慶應大・医・精神

今回の演者は、日本で精神科研究医として生き残った人ばかりである。所属を見るとほとんどが精神科講座ではない。私は精神科に准教授として籍をおいているが、これは極めて異例なことである。慶應の精神科は専修医の数が多く、スタッフの数も多いので例外的に私のような研究医を雇用できる。おかげで臨床教室が、今、何を求めているか分かるようになってきた。更に専修医や医学部生と接する中で、彼らが何を悩んでいるか分かるようになってきた。その経験から言えることは、演者の皆さんが、まずは母校の精神科の講義を1コマでよいので担当し、ポリクリの実習を手伝い、更に生理学や薬理学の中枢神経系を担当させてもらうのが良い。彼らへの露出が何よりも大事だと思う。皆さんの母校の主任教授が未来への種まきに理解を示してくれることを願う。
3B-公募2-2
モノアミン作用の機能的理解を起点とした基礎から臨床研究への発展の道筋
柳下 祥
東京大院・医・構造生理

ドーパミンやセロトニンといったモノアミンは抗精神病薬や抗うつ薬の作用に関わる。これら受容体に関して薬理学的な研究は多くなされてきたが、意外にもモノアミンが脳に対してどのように作用しているのかはよく分かっていない。そこで報酬作用をもつとされるドーパミンのシナプスへの作用特性を光遺伝学によるドーパミン操作と2光子励起によるグルタミン酸操作を組み合わせて調査したところ、ドーパミン報酬信号は直前のシナプス活動を強化することが分かり、下流分子シグナルについても明らかにすることができた(Yagishita et al., Science 2014)。この研究をドーパミン罰信号が可塑性調節する機構や、セロトニンの可塑性調節作用へと展開しており、さらには実際に動物個体が学習する際にこのようなシナプス可塑性機構がどのように関与するかについても研究を進めている。
 分子生物学の絶え間ない発展により、精神疾患の疾患関連遺伝子の同定、分子病態の解明、疾患特異的な治療を目指した研究が世界的に進みつつある。しかし、精神医学を基礎づける神経科学はこのような疾患特異的な研究だけでなく、非特異的にヒトが環境に適応する脳機能の理解まで含む必要があるのではないかと考えつつある。モノアミンは線虫レベルから種を超えて個体が環境に適応学習するために必要なシグナルであり、このシグナルが多くの精神疾患や治療薬に関係するのは必然なのかもしれない。モノアミンのシナプスへの作用を機能的に理解することを起点とした基礎から臨床への発展の可能性を議論したい。
3B-公募2-3
神経回路の機能解析を通じた病態解明-in vivo recordingの魅力
菅谷 佑樹
東京大学大学院医学系研究科神経生理学

研究を開始した当初は様々な分子メカニズムについて不勉強であったため、遺伝子の変異やシナプスレベルの変化と症状の間に大きな溝があり、病態を理解したという実感が持ちにくいと感じていた。そこで、神経細胞の活動や回路レベルの活動がリアルタイムで観察できる電気生理学的な研究を開始した。近年、神経回路の機能解析に使える革新的な技術が次々と報告されており、生きたマウスの脳、行動中のマウスの脳での神経活動のイメージングやシナプス特異的な操作ができるようになってきている。そこで古典的な細胞外電位の記録から最新の技術までを組み合わせて用い、症状や行動変化が出ている動物で回路を保ったまま実験をすることで、病態の根本的な理解に迫るような研究ができればと目指している。具体的な例として、回路内の情報伝達の異常を記録しやすい疾患にてんかんがある。てんかんは神経細胞が集団で同期した活動を行うことで発作症状が出現し、発作中の神経細胞の活動を脳波で記録することができるが、集団で同期した神経活動による電位変化が大きいことや、そのような活動を再現しやすいことから、回路レベルでの解析を適用しやすい。我々の研究では生きている動物の発作中の脳で細胞外記録、細胞内記録、光遺伝学的操作を組み合わせることで、どこの脳領域のシナプス入力がどのように変化するのか、発作が回路の中をどのような順番で回っているのかを詳細に明らかにすることができた。現在は、記憶・学習前後や精神疾患モデルに見られるような、より軽微な表現型の変化を回路レベルで明らかにするために、カルシウムイメージング技術も組み合わせて解析をおこなっている。
3B-公募2-4
シナプスパソロジーに着目した新規創薬標的の探索~イメージング魂に火をつけろ~
林(高木) 朗子
群馬大学・生体調節研究所

1999年に精神科研究医として臨床研修を開始したのち、精神疾患の病態生理の多くが不明であることに衝撃を受けた。分子レベルの理解をする精神科医が居ても良いだろうという漠然とした考えのもと、分子細胞生物学に軸足を置いた疾患研究をはじめた。そのなかでも統合失調症とグルタミン酸作動性シナプスの関連について興味を持ち研究を行った(Hayashi-Takagi A et al, 2010, Nat Neurosci)。グルタミン酸作動性シナプスの約8割は、樹状突起上に小突起構造(スパイン)を形成する。様々な統合失調症関連モデルマウスを、2光子励起顕微鏡によりin vivoで繰り返しイメージングし、これら同一個体に行動解析を併用解析した結果、スパイン保護効果を有する化合物は精神疾患様異常行動を部分的に改善できること見出した(Hayashi-Takagi A et al, 2014, PNAS)。一方で、in vivoスパインイメージングは、シナプスと行動の相関は模索出来ても、因果関係まで踏み込むのは難しい。そこで新規光感受性シナプスプローブAS-PaRac1の開発を行ったところ、ある学習に関連したスパインを光刺激特異的に退縮させると、対応する学習記憶も消失することが確認された(Hayashi-Takagi A et al, Nature, 2015)。このような新技法によりシナプスが確かに行動レベルに大きな影響を持つことが今までよりも直接的な形で示すことが出来た。これらの一連の研究の末、シナプスと精神疾患病態との関連についての、ほとんど妄念とも言えるほど発展してしまった作業仮説と、それに立脚したドラッグスクリーニングの実験系を紹介する。
3B-公募2-5
精神疾患の分子メカニズム解明への挑戦~ドーパミンの細胞内シグナル伝達機構解析について~
黒田 啓介
名古屋大院・医・神経情報薬理学

脳はいつの時代においても科学的興味の大きな対象であり、多くの研究者が脳の機能や構造を解き明かすことを目的として脳科学研究に携わっています。脳は複雑な生体システムであり、その研究対象は、神経細胞機能及び神経回路、システム神経科学、精神・神経疾患、BMIなど多岐にわたっており、近年では特にシステムとしての脳全体を捉える研究が盛んに行われています。一方、ガンや免疫などの他の分野においては、分子に着目した分子メカニズムや細胞内シグナルの研究が盛んであり、最近ではその成果に基づいた分子標的治療薬が多数開発され、例えばこれまで不治の病とされてきた関節リウマチは現在ではコントロール可能な疾患になりつつあります。しかしながら脳科学において分子メカニズムの研究は余り進んでおらず分子標的治療薬も殆ど開発されていません。例えば、統合失調症をはじめとする精神疾患において、ドーパミンやセロトニンなどのモノアミン類が重要であり、統合失調症の治療薬である抗精神病薬は、ドーパミンD2受容体を阻害することが知られています。しかしながら、抗精神病薬が脳内でどのような細胞内シグナルを制御しているのか、実は詳細がよくわかっていません。そのため例えば新たな統合失調症治療薬を開発しようとしても、D2受容体の下流シグナルを標的とした分子標的治療薬を開発出来ませんでした。細胞内シグナルの中でタンパク質のリン酸化は、細胞の特性を変えたり、病気の発症や促進、抑制にも関わったりする重要な生体内化学反応の1つです。このリン酸化反応の酵素とそれによってリン酸化が進行する基質の組合せは、質量分析器などの最新機器を駆使して網羅的に同定することができ、このような解析をリン酸化プロテオミクス解析といいます。私たちは様々な刺激が脳内においてどのような細胞内シグナルを活性化させるかについて研究を行っています。今回はその中でドーパミンの細胞内シグナル伝達機構解析の研究について紹介します。
3B-公募2-6
ショウジョウバエを用いた精神疾患の基礎研究
上野 太郎
東邦大学理学部生物分子科学科

物質から意識がどのように生まれるのか。学生時代から抱き続けている疑問に対して科学として取り組むために、意識のない生理状態である睡眠を研究テーマに選んだ。2000年にショウジョウバエに睡眠状態があることが報告されたが、当時、ほとんどの研究者は懐疑的であり、睡眠研究のほとんどは哺乳類を用いて脳波を計測することで行われていた。その後、哺乳類において覚醒作用を示すドーパミンが、ショウジョウバエでも睡眠覚醒を制御することが報告され(Kume et al., 2005, JNS)、睡眠覚醒の分子基盤は保存されていることが分かると、ショウジョウバエを舞台とした睡眠の分子生物学が広がった。遺伝学的な解析の容易さから、様々な睡眠関連遺伝子が同定されるとともに、単一細胞レベルで睡眠覚醒を制御する神経回路も同定されている(Ueno et al., 2012, Nat Neurosci)。精神疾患の多くで睡眠障害が合併する一方で、これまで睡眠障害は周辺的な症状と捉えられてきた。近年、睡眠の生理機能として、シナプス可塑性の調整や中枢神経における代謝産物のクリアランスが提唱され、一部の精神疾患の病態に睡眠障害が関与していることが想定される。睡眠覚醒の表現型に着目し、ショウジョウバエで遺伝子工学を駆使することにより、精神疾患への寄与が推測されている遺伝要因との因果関係を探ることができるのではと考えている。
3B-公募2-7
神経回路から精神疾患病態へ
疋田 貴俊
京都大院・医・神経・細胞薬理学

1997年に京都大学附属病院精神科神経科で研修を受け、その後も滋賀里病院、長岡ヘルスケアセンターで臨床を続けている。京都大学大学院医学研究科生体情報科学講座(中西研)で学士取得後、ジョンズ・ホプキンス大学で「世界初の統合失調症マウス」と報道されたモデルマウスを開発した(Hikida T et al, 2007, PNAS)。帰国後、大阪バイオサイエンス研究所で大脳基底核神経回路の新規神経伝達制御法を開発し、報酬行動や薬物依存症行動と忌避行動が異なる神経回路で制御されており、ドーパミンが回路の切り替えを行っていることを示した(Hikida et al, 2010, Neuron;2013, PNAS;Neurosci Res 2016)。京都大学大学院医学研究科メディカルイノベーションセンターでは産学連携で統合失調症プロジェクトPIをつとめたのと並行して、神経回路研究をすすめている。神経回路から精神神経病態へのアプローチを紹介したい。
3B-公募2-8
精神医学と形態学
武井 陽介
筑波大学医学医療系解剖学・神経科学研究室

精神科から解剖学・細胞生物学分野に移り、二十数年になる。これまで神経細胞の形態と機能とを橋渡しする実体を細胞骨格(微小管および微小管関連蛋白、分子モーター)に求め、種々のノックアウトマウスの作成と解析を行ってきた。その過程で『てんかん』や『記憶障害』の変異マウスを報告し、近年は統合失調症モデルマウスの作成を試みるようになった。目に見えないこころを扱う精神医学と、具象的なものを扱う形態学は、一見縁が薄いように見える。しかしながら、どちらも全体の配置(コンステレーション)を見て取るところから始まって、多段階に仮説を立てながら対象の細部に分け入ってゆくプロセスが共通しており、こういうやり方に面白みを感じる人間が精神医学や形態学を自分の専門として選択するように思う。今回は、自分の経験した変異マウスの表現型を紹介しながら、精神医学と形態学を貫くものについて考え、両者の問題点や今後の課題等について考えてみたい。
3B-公募2-9
神経発達の生物学的な理解を進める必要性について
久保 健一郎
慶應義塾大学医学部解剖学

もともと脳の発生に興味を抱いてはいたが、統合失調症の病態仮説として神経発達障害が想定されており、その頃に報告が相次いでいた脳の微細な組織構築変化もその論拠の一つとされていることを知り、大いに衝撃を受けた。大学在学中であったその当時、神経発達の初期段階において神経細胞移動を制御する分子:リーリンがようやく見出されたばかりであり、脳の組織構築変化を説明する分子基盤はまだほとんど知られていなかった。このため、脳の組織構築を担う分子基盤の解明をテーマに研究生活を開始したが、それ以降に目の当たりにすることになった、脳の組織構築に関わる分子基盤についての知識の蓄積は、想像をはるかに上回る速度かつ世界的な規模で進んでいった。しかし、いわゆるこれらの「分子基盤についての理解」における進展にもかかわらず、その進展の端緒となった(とも考えられる)分子:リーリンの胎生期における機能についてさえも、その詳細はまだ不明な点が多い。そして、それらの分子基盤の機能不全によって生じることが予想される脳の組織構築変化が、精神神経疾患の病態に与える影響についての理解は、その有無も含めて、未だほとんど得られていない。また、胎生期においてリーリンは興奮性細胞の移動を制御するが、意外なことに、生後の脳においては抑制性神経細胞において産生され、抑制性神経細胞の分子マーカーの一つとして知られる。ところが、この生後の神経発達におけるリーリンの機能についても十分に理解されているとは言い難い。可否はともかくとして、解明すべきことが望ましい神経発達上の疑問点はそこかしこに存在する。個人的には、神経発達の生物学的かつ基礎的な理解を、今後も大いに進めていく必要があると考えている。
3B-公募2-10
ゲノム研究でdisorderをdiseaseにする試み
高田 篤
横浜市立大学大学院医学研究科 遺伝学

多くの精神疾患は、“disease(既知の病因に基づく疾患単位)”ではなく“disorder(似たような症状と社会機能の障害によって定義される病態不明の疾患単位)”である。しかしこれまでの精神医学の中で、神経梅毒や抗NMDA受容体抗体脳炎のようなdiseaseが、disorderから単離されてきたという歴史もある。そのようなことが分子遺伝学的アプローチを用いてできないか、と考えながら研究をやっている。その中で、どうも操作的診断基準ベースで統合失調症と診断されている患者さんの1000人に一人ぐらいは、“SETD1A病(クロマチン修飾に関わるタンパク質をコードするSETD1Aという遺伝子に機能喪失変異があると起こる病気)”として定義できそうなことが分かってきた(Takata et al., Neuron 2014、Singh et al., Nature Neuroscience 2016)。また、こういった研究から得られる知見は、構成概念妥当性が高い疾患モデルの作製にも役立てることができる。現在は、1.疾患モデルの解析から、まずSETD1A病の脳病態と治療法に迫ること、2.ゲノム情報によって定義されるpsychiatric“disease”の一群をさらに同定すること、3.現在利用可能なゲノム解析のプラットフォームで、どれぐらいの精度で精神神経発達障害の「ゲノム診断」が可能かを評価すること、などを目指して研究を進めている。