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企画シンポジウム
こころの健康と破綻を生み出す脳と環境の相互作用
3C-企画1-1
ストレス・レジリエンスとその破綻のメカニズム
古屋敷 智之
神戸大院・医・薬理

社会や環境から受ける心身の歪みをストレスと称する。過度なストレスやストレスの遷延化は、うつや不安といった情動変容や認知機能の低下を誘導し、精神疾患のリスク因子とされる。一方で、適度なストレスはストレスへの対処力(レジリエンス)も高めると考えられている。我々は、マウスの社会挫折ストレスを用い、短期的なストレスでは、内側前頭前皮質でドパミンD1受容体を介して興奮性神経細胞の樹状突起やスパインの造成が起こり、ストレス・レジリエンスが増加していることを見出した。一方、長期的なストレスでは、炎症関連分子であるプロスタグランジン(PG)E2を介して内側前頭前皮質のドパミン系が抑制され、うつ様行動が誘導されることを示し、このPGE2がストレスにより活性化されたミクログリアに由来することを示唆した。近年、細胞のダメージに伴い、内因性のダメージ関連分子が放出され、自然免疫分子を介して炎症を惹起することが示されつつある。我々は、長期的なストレスが自然免疫分子TLRを介し、内側前頭前皮質のミクログリアを活性化して、神経細胞の樹状突起萎縮や応答性の抑制、さらにうつ様行動を誘導することも見出した。以上の結果は、ストレスによるレジリエンスの増強とその破綻には、内側前頭前皮質でのドパミン系とミクログリアを起点とした脳内炎症のバランスが重要であることを示唆している。本講演ではこれらの最新の知見を紹介し、ストレスを標的とした治療法開発の戦略について議論したい。
3C-企画1-2
ストレス感受性におけるモノアミン制御経路の役割
相澤 秀紀
広島大院・医・神経生物

 社会生活上のストレスや突然の脅威は、うつ病やPTSDを代表とする精神疾患の重要な発症要因の一つである。しかし、同程度の悲惨な事故や出来事に対しても個々人で受ける影響の程度は様々であり、ストレス感受性の個人差はPTSDをはじめとするストレス関連障害の病態に深く関与している。このような事実にも関わらず、脳内でストレス感受性がどのように制御されるかは未だ不明なままである。近年の研究から慢性社会ストレスにより引き起こされるマウス社会回避行動に個体差が有る事が報告され、個体のストレス感受性にドーパミンやセロトニン神経系の活動変化が関与する事が示唆されている。申請者は、ドーパミンやセロトニンの脳内代謝における制御中枢である手綱核が急性ストレス下において活性化する事を見出しており、「手綱核の機能異常がストレス感受性を制御する」という仮説に至っている。最近、我々は神経細胞およびグリア細胞の活動を遺伝学的に操作する技術を開発し、脳内モノアミン代謝の制御にあたる神経回路について検討してきた。これらの技術によりマウス手綱核の過剰活性化を実験的に引き起こしたところ、慢性社会的ストレス後のマウスにおける社会回避行動の増悪が観察された。この事実は、手綱核がストレス感受性およびストレス対処時の行動選択における高次中枢として働く可能性を示唆している。現在、外的ストレスがモノアミンの脳内放出に与える影響およびマウス手綱核の神経細胞およびグリア細胞の活動性に与える影響を検討している。本シンポジウムではモノアミン代謝がストレス対処行動の選択に果たす役割について議論したい。
3C-企画1-3
幼少期ストレス負荷による情動行動の変化
菊水 健史
麻布大学獣医学部

動物、特にヒトを含む哺乳類における子の発達で最も特徴的な点は、発生初期を母親の胎内で過ごし、出生後においても哺乳行動を中心とした母子間のつながりが強いことである。この期間に子が母親から受ける様々な刺激は、身体発達に多大なる影響を与え、個体の内分泌系や行動様式に長期的な変化を引き起こす。ゆえに、哺乳類の発達期の社会環境は、個体の獲得するエピジェネティックな変化の解明において、最も重要な要素だといえる。早期に母子分離を経験したマウスやラットでは不安やストレス応答が亢進するが、今回PTSD様変化が生じるかを調べた。恐怖条件付けを受けた早期離乳マウスでは消去学習が上手く行われず、消去過程の後半における消去の抵抗性が増加し、前頭葉のBDNFIII mRNA及びBDNF蛋白質が低下した。さらに、これらの間には負の相関もみられたことから、早期離乳による恐怖記憶の消去抵抗性には、前頭葉におけるBDNFIII mRNAの発現低下を介したBDNF作用の減弱が関わっていることが予想された。またこれらの変化には前頭葉から扁桃体にいたる回路の脆弱性の関与が示唆された。
3C-企画1-4
Application of noninvasive molecular imaging technique by PET in non-human primates for understanding the serotonergic and dopaminergic involvements in social and cognitive behaviors
尾上 浩隆
理化学研究所 ライフサイエンス技術基盤研究センター 生命機能動的イメージング部門

Serotonin and also dopamine are involved in regulating social and cognitive behaviors in humans and other primates. They also appears to be the major players in mood and mental disorders such as the major depression. But exactly how remains an open question. The availability of positron emission tomography(PET)for human and nonhuman primates has enabled examination of the in vivo functions of specific neurotransmitter systems underlying social behavior. We established a PET imaging system for conscious macaque monkeys and also common marmosets, a small primate species noted for its high social tolerance and cooperative sociality. We used this method to examine the serotonergic and dopaminergic systems in the brain using several PET probes such as[11C]raclopride, [11C]DASB and[11C]AZ10419369, which are highly selective to dopamine D2 receptor(D2R), serotonin transporter(SERT), and serotonin 1B(5-HT1B)receptor, respectively. Using parametric images of binding potential(BP)values and behavioral scores determined by social and cognitive test in marmosets, we processed on the statistical mapping to identify brain areas of which BP values are tightly associated with social or cognitive behaviors. We also investigate recently that pharmacological anti-depressive action of ketamine on 5-HT1B receptor. Results demonstrate that molecular imaging of the brain can provide valuable information for understanding the neural bases of social and cognitive behaviors in nonhuman primates.
3C-企画1-5
うつ病の脳機能における遺伝子-環境相互作用
岡田 剛
広島大学大学院医歯薬保健学研究院精神神経医科学

近年、機能的磁気共鳴画像法(functional magnetic resonance imaging:fMRI)などヒトの脳機能を非侵襲的に計測できる手法が進歩し、うつ病との関連が想定される情動や認知機能の基盤となる神経回路の解明が進むとともに、うつ病の病態をこれらの神経回路の機能的変化として捉えることが可能になってきた。しかし、うつ病患者群と健常対照群を単純に群間比較したこれまでの研究では、機能的変化のみられる領域や変化の方向性が研究間で必ずしも一致しておらず、うつ病の脳内メカニズムはいまだ十分明らかになっていない。その要因として、うつ病は遺伝的素因と環境要因が複雑に相互作用して形成される症候群で病因・病態が一律ではないこと、すなわちうつ病患者群の中に病態の異なる複数のサブグループが含まれていることが考えられる。また、健常対照群の中にも、うつ病の発症リスクと関連する脳機能の特徴を持ちながら、同時にそれを相殺するようなレジリエンスと関連する特徴を持つようなサブグループが存在している可能性がある。うつ病の病態解明のためには、これらの点を考慮したうえで、fMRIなどの脳機能画像データを、遺伝子情報や、幼少期および成人期のストレスなど環境要因の情報と統合して解析していく必要があると考えられる。本発表ではわれわれの予備的な検討結果も提示し、うつ病の脳機能における遺伝子-環境相互作用について議論したい。