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企画シンポジウム
精神疾患理解におけるモデル動物の有用性
3C-企画2-1
精神疾患理解におけるモデルマウスの有用性―脳内中間表現型を介したトランスレーショナル研究戦略―
宮川 剛
藤田保健衛生大・総医研・システム医科学

統合失調症と双極性気分障害は認知機能の障害を伴う精神疾患であり、多くの遺伝要因と環境要因が複雑に関与する脳の疾患である。その病因・病態について様々な仮説が提唱されているものの、未だ決定的な合意が得られていない。演者らは、脳で発現している遺伝子の機能の最終アウトプットレベルは行動である、という視点にたち、多くの系統の遺伝子改変マウスについて「網羅的行動テストバッテリー」を行うことによって、遺伝子・脳・行動の関係を調べてきた。この12年間で、国内外100以上の研究室との共同研究として、170系統以上の異なる系統のノックアウトマウスやトランスジェニックマウスについての解析を行ってきたが、興味深いことにほとんどの系統で何らかの行動レベルの表現型が見いだされている。さらにこれらのマウスから、作業記憶や感覚・運動ゲーティング、社会的行動などの「マウスの精神疾患」とも言って過言でないような行動異常のパターンを示す系統が10~20系統ほど同定されている。演者らはこれらのマウスの一部において、海馬歯状回でほぼすべての神経細胞が擬似的な未成熟状態でとどまっている「未成熟歯状回」という表現型が共通して生じていることを発見した。加えて、これらの「未成熟歯状回」様の表現型を示すマウスの海馬や前頭葉は、統合失調症や双極性気分障害の患者の死後脳と比較した場合、遺伝子・タンパク発現パターンが酷似していることもわかり、「未成熟前頭葉」といった中間表現型が存在することも示唆されている。この「未成熟脳」様の表現型を示す他の遺伝子改変マウスや野生型のマウスに同様な現象をもたらす薬物などが次々と見つかっており、この現象が一般的なものであることがわかりつつある。海馬や前頭葉は作業記憶を始めとする認知機能に欠かせない役割を果たしていると考えられており、これらの部位の機能異常がこれらのマウスの行動異常の一部の原因になっている可能性が高い。本シンポジウムでは、マーモセットなどの霊長類を用いて得られたデータも紹介しつつ、モデル動物を種横断的に活用した精神疾患の研究戦略についても議論する。
3C-企画2-2
マーモセットを用いた精神疾患研究モデルの確立の可能性
佐々木 えりか1,2,3
1公益財団法人実験動物中央研究所 マーモセット研究部 応用発生学研究センター,2慶應義塾大学先導研究センター,3理化学研究所 脳科学総合研究センター マーモセット神経構造研究チーム

疾患や生理学的メカニズムを分子レベルで解明するためにマウスが果たしてきた役割は極めて大きい。しかしながらヒトとげっ歯類では脳神経機能、代謝経路、薬物感受性などの遺伝的・生理的な差異は大きく、特に精神疾患の理解に霊長類モデルは重要な役割を果たす。コモンマーモセット(マーモセット)は、生理学的・解剖学的にヒトに類似した性質を持つ小型の霊長類である。コモンマーモセットは、小型であるため少量の化合物で有効性・安全性の検証が可能、霊長類の中では繁殖能力が高く複数頭を使用した繰り返し実験が可能、遺伝子改変モデル作製に適するなどモデル動物として多くのメリットを有する。更に、マーモセットは、社会単位、音声コミュニケーション、アイコンタクトなどヒトと似た行動様式を持つため、精神疾患、高次脳機能障害のモデルとして今後の開発が期待されている。これまでマーモセットを用いたヒト疾患モデル動物作出法としては外科的手法、薬物誘導によるものに限られていたが、遺伝子改変技術の確立により、更に多くのモデル開発が可能になってきている。遺伝子改変動物を作出するためには、配偶子の採取、体外受精、培養といった発生工学技術基盤の整備が最も重要であるが、これに加え、霊長類では、動物実験の3Rに配慮した低侵襲技術の開発が必要となる。我々の研究室では、動物実験の3Rに配慮したマーモセットの発生工学研究により、遺伝子改変マーモセット作製技術を確立してきた。その結果、開発されたレンチウイルスベクターによる遺伝子改変マーモセット作出法は、高効率であり、導入遺伝子の次世代への伝達率が高い点がメリットである。一方、8kb以上の遺伝子の導入が困難であること、標的遺伝子を破壊したノックアウト動物が作製できないことの2つデメリットがあった。近年、標的遺伝子を破壊したノックアウト動物が作製できないという問題点については、ゲノム編集技術の発展により、解決できる可能性が示唆されている。これらの問題点の解決に、現在、我々が取り組んでいる課題とについて紹介する。
3C-企画2-3
モデル動物を用いたレット症候群の病態解析
岸 憲幸1,2,佐藤 賢哉3,奥野 弥佐子1,伊東 多恵子1,岡野 洋尚4,佐々木 えりか1,2,3,岡野 栄之1,2
1理研・BSI・マーモセット神経構造研究チーム,2慶應大・医・生理学,3実中研,4慈恵大・医

レット症候群は1966年にオーストリアの医師Andreas Rettによって報告された女児の神経発達障害で、脳の成長の遅れ、知的障害、自閉症特有の無意味な手の動き、言語習得の欠如、呼吸異常、てんかんなどの多彩な症状を呈する。1万から2万人の女児あたり1人の罹患率で、女児の知的障害の原因としてはダウン症候群に次いで二番目に多い原因となっている。1999年にレット症候群患者においてX染色体上のmethyl CpG binding protein 2(MECP2)遺伝子の変異が発見されて以降、Mecp2ノックアウトマウスを用いた研究が盛んに行われるようになってきた。これらのMecp2ノックアウトモデルマウスを使って、我々は、MeCP2蛋白の中枢神経系における発現や、MeCP2が樹状突起の伸展を含むニューロンの成熟過程に関与していること、NF-kBシグナル伝達系の異常亢進が病態に関与していることを明らかにした。Mecp2変異マウスを用いた解析より、MeCP2の多彩な機能が明らかになってきた一方で、レット症候群の病態は脳高次機能の異常に起因しており、よりヒトに近い動物モデルを使った研究が求められるようになってきた。コモン・マーモセットは、小型の新世界ザルで、ヒトに近い社会性を持つことや、近年の遺伝子改変技術の進展により、トランスジェニックやノックアウト動物の作製も可能になったことから、新たな疾患研究のモデル動物として注目を集めている。我々はマーモセットMECP2遺伝子に対する人工ヌクレアーゼを作製し、マーモセット受精卵に注入することにより、MECP2変異マーモセット作出に成功し、現在その解析を行っている。今回の発表では現在までに得られた知見を紹介する。
3C-企画2-4
精神疾患を考える上でマーモセットモデルは有用か
一戸 紀孝
国立精神・神経センター 微細構造

 バルプロ酸(VPA)は抗てんかん薬としてヒトの妊娠時の母体投与によって、その産児の自閉症の罹患率をあげることが、知られている。また、げっ歯類でVPAの母体投与後に生まれた産児は自閉症のモデルとして頻繁に用いられている。これらの研究を受けて、我々はマーモセットで、妊娠2ヶ月令でVPAの投与を行い産児を得て、多様な手法を用いて検討を行った。このVPA産児の解析および正常なマーモセットの解析を通じて、本発表では、我々が感じているマーモセットの精神疾患でのメリットを議論したいと思います。マーモセットは、多様なcallにより感情を表すことで、知られその意義付けに関しては、近年さらに研究が進んでおります。たとえば、不安と恐怖のcallの違いについても、放医研の南本先生のグループからの報告がなされています。この特徴は、マーモセットの内面的もしくは主観的な状況をある程度モニターできることとなり、マーモセットの精神疾患のモデルとしてのアッセイに役立つこととなります。また、家族構成として、父母を中心としたペアによる子育てというヒトと類似のスタイルを持つために、我々がVPAマーモセットとその父母とのcallを調べたところ、正常個体とその父母に比べて、親和性を示すtrillというcallが有意に少ないことがわかりました。このような社会構造の類似とcallの意義付けは、単独では問題がないけれど、社会の中で問題が浮き彫りになる、社会性の障害である自閉症や統合失調症などの、モデルとしての価値を高めるものと考えられます。霊長類以外での強力なモデル動物であるげっ歯類とは異なる別な特徴は、脳の形態がヒトに似ており、ヒトと同じ領野(とりわけ前頭葉)が細胞構築学的、ミエリン構築学的に同定されているということです。そのため、研究の進んでいるマカク族、ヒトの研究データからの外挿がある程度、可能であるということであり、また、現在、革新脳の研究体制のもと、脳の領野、結合、機能に関する研究が進んでいるということです。たとえば、心の理論に関わると考えられる上側頭溝の後部で、我々は他者の行動のゴールをコードすると考えられる神経細胞群を同定し、他者行動のシミュレーションにより共感などに関わるミラーニューロンを、他の霊長類と同様な腹側運動前野に同定しております。また、上側頭溝の他者のゴールをコードすると考えられる領野は、光計測でも同定できることがわかり、類似の原理のfMRIなどの非侵襲的な手法でも正常個体では捉えられると考えています。マカク族やヒトでは、溝の奥で高次機能のメカニズム解明が困難な領域も、マーモセットは溝がなく、領野の同定を、光計測やECoGなどで補えれば、情報変換過程領域が観察可能で、高次機能や社会性の障害と考えられている精神疾患の病態生理を明らかにできる可能性を有していると考えています。