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公募シンポジウム
うつ病の脳メカニズムはどこまで解ったか―最新脳画像研究から―
3D-公募-1
うつ病・双極性障害の構造MRI研究の到達点
松尾 幸治
山口大院・医・高次脳機能病態学講座

うつ病・双極性障害の形態的MRI研究は、結論は出ていないものの、多くのエビデンスが蓄積されている。灰白質体積に関しては、感情調整すると想定されているネットワーク構成部位である、前部帯状回、眼窩前頭前野を含む内側前頭部領域、背外側前頭前野を含む外側前頭部領域、海馬、扁桃体を含む内側側頭部領域の体積異常が報告されている。白質に関しては、diffusion tensor imagingを用いた白質連結性では、これらの前頭側頭ネットワークの線維走行異常が報告されている。疾患のサブタイプ、発症年齢、罹病期間、エピソード数、精神病性エピソードの有無、自殺企図歴、といった臨床症状これらの構造異常との関連は、横断的および縦断的検討で、一定の傾向はみられている。サンプルサイズは単施設からの数十例規模での報告が多いが、最近は国際的なプロジェクトなど、多施設における大規模サンプルでの報告も見られるようになってきた。また、形態MRIのみの研究では得られるエビデンスは限られるため、機能的MRIとの同時測定など、マルチモダルな脳画像研究が増えてきている。このように、扱うデータ量の増大に伴い、統計解析も機械学習など、複雑な解析手法が用いられるようになってきた。アウトカムは、疾患と健常者の差異を比較した病態研究が大勢を占めるが、双極性障害と大うつ病性障害のうつ状態患者における差異といった報告もあり、将来的に形態MRIが鑑別診断補助検査となりえるかの挑戦が続けられている。しかし、疾患(特にうつ病)における異種性の問題がアプローチを難しくしている。今後のこの分野の研究は、異種性をふまえつつ大規模サンプルを用い、数の力でエビデンスを高める方向性、可能な限り異種性を排除し、より生物学的因子の強い症例のみを検討し、病態の核となる疾患の脳病態を解明していくという方向性、あるいは米国のNIMHが提唱しているResearch Domain Criteriaのようなディメンジョナルな視点からの検討などの方向性が考えられるだろう。
3D-公募-2
fMRIを用いたうつ病研究の現状と今後の展望
岡田 剛
広島大学大学院医歯薬保健学研究院精神神経医科学

機能的磁気共鳴画像法(functional magnetic resonance imaging:fMRI)は、脳活動と関連した血流量の変化を非侵襲的に可視化する手法として認知神経科学研究において著しく普及するとともに、精神疾患の病態研究にも応用され多くの研究成果が報告されている。うつ病の脳メカニズムに関しても、遂行機能と関連する背外側前頭前野、情動と関連する扁桃体、報酬予測と関連する線条体、反すう思考や自己関連づけと関連する内側前頭前野、楔前部、後帯状回などにおける賦活機能や領域間の機能的結合の変化が明らかになりつつある。しかし、機能的変化のみられる領域や変化の方向性は研究間で必ずしも一致しておらず、fMRIが客観的な補助診断法として臨床応用される段階には至っていない。本発表では、fMRIを用いたうつ病の脳メカニズム研究のこれまでの知見をわれわれの研究結果も含めて概説する。その上で、fMRIをうつ病の客観的診断や生物学的根拠に基づくうつ病サブタイプの同定、治療反応性予測法や治療法の開発などへ臨床応用していくうえでの課題と今後の展望について、われわれが行っている取組とその予備的な結果も紹介しながら議論したい。
3D-公募-3
うつ病についての脳画像や血液の簡便なバイオマーカーが反映する病態
里村 嘉弘1,福田 正人2,宮田 茂雄3,櫻井 敬子2,藤原 和之2,武井 雄一2,成田 耕介2,三國 雅彦4
1東京大学大学院医学系研究科・精神医学分野,2群馬大学 大学院医学系研究科 神経精神医学,3群馬大学 大学院医学系研究科 遺伝発達行動学,4北海道大学 大学院医学研究科 精神医学

 うつ病を始めとする精神疾患についてのバイオマーカーは、その病態における意義という点から、精神疾患への素因や脆弱性を反映する「素因指標diathesis marker」、精神疾患の発症や罹患を反映する「発症指標morbid marker」、発症後の症状の程度を示す「状態指標state-severity marker」、疾患としての病状の重症度を反映する「病状指標disease-severity marker」に分けることができる。素因指標と発症指標、状態指標と病状指標はおおむね類似の病態を反映するという仮定のもとに、それぞれtrait markerとstate markerの用語を対応させることが多い。しかし、素因指標と発症指標を不用意に同等に取り扱うことは、非発症者を発症者と混同することに結びつく恐れがあり、また状態指標と病状指標を区別しないことは、治療による改善可能性についての判断に影響する可能性がある。ひとつのバイオマーカーが複数の指標の意義をもつことが通常で、例えば非素因者<素因者<軽症者<重症者という値を示す指標は、素因と発症と病状指標としての意味を併せもつ。
 うつ病について簡便な脳画像である近赤外線スペクトロスコピィNIRSで検討した結果として、前頭部のデータは臨床症状と相関を示さず健常者とは差がある、側頭部のデータは臨床症状と相関を示す、抗うつ薬により精神症状が改善しても数か月では前頭部と側頭部ともに変化しないという結果が報告されているので、前頭部のデータは素因指標あるいは発症指標としての意義があり、側頭部のデータは状態指標としての意義がある可能性がある。うつ病の白血球におけるmRNA発現を検討すると、検査時点での臨床像に関わりなく発現が変化していた遺伝子と、寛解期には変化はないがうつ状態において発現量が変化していた遺伝子が重複していなかったことから、発症指標と状態指標に対応する病態が別の過程である可能性が示唆されている。
 うつ病についてのバイオマーカーが反映する病態をこのように区別して理解することが、その脳メカニズムの解明と臨床応用の発展に貢献すると考えられる。
3D-公募-4
うつ病症候に関わる脳機能ネットワークと神経伝達
山田 真希子1,須原 哲也2
1量子科学技術研究開発機構,2量研機構・放医研・脳機能イメージング

うつ病の病態研究は、モノアミン欠乏仮説、神経可塑性異常仮説へと進展してきたが、うつ病の多様な臨床症候との関連性は不明なために行き詰まっているのが現状である。うつ病の根本的解決のためには、うつ病の症候に関連する神経回路を特定し、その脳部位における分子病態を解明することが不可欠であることからモデル動物からヒトまでの症候に関連する脳領域の特定と、その分子機構の解明を行った。具体的には、抑うつ症状(悲観、意欲低下)に関連した認知バイアス、fMRIによる脳機能、PETによるモノアミン神経伝達との関連を検討し、線条体ドーパミンD2受容体結合能が低い(ドーパミン神経伝達が高い)ほど制御・抑制に関わる機能的結合が弱く優越の錯覚が高いことを見出した。さらに、うつ病患者における認知バイアスを治療前後で定量化しfMRIによる脳機能ネットワークとの関連を検討し、抗うつ薬治療に優越の錯覚が増大し、制御・抑制に関わる機能的結合が低下することが明らかになった。モデル動物研究においては、うつ症候モデル霊長類を用い、前部帯状皮質におけるD2受容体を介したドーパミン伝達異常が報酬価値依存的な意欲低下を引き起こすことが明らかになった。