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合同シンポジウム
精神神経疾患と興奮性アミノ酸受容体
3D-合同-1
グリア型グルタミン酸トランスポーター機能障害と精神疾患
田中 光一
東京医科歯科大学・難治疾患研究所・分子神経科学

グルタミン酸は哺乳類の中枢神経系において記憶・学習などの高次機能に関与する主要な興奮性神経伝達物質として知られている。一方、過剰なグルタミン酸は、グルタミン酸受容体の過剰な活性化によりグルタミン酸興奮毒性と呼ばれる神経細胞障害作用を持ち、多くの精神疾患に関与している。細胞外グルタミン酸濃度は、グルタミン酸トランスポーターにより厳密に制御されている。これまで、5種類のグルタミン酸トランスポーターサブタイプ、EAAT1(GLAST)、EAAT2(GLT1)、EAAT3(EAAC1)、EAAT4、EAAT5が単離され、その分子的実態が明らかにされている。GLAST、GLT1は主にアストロサイトに、EAAC1とEAAT4は神経細胞に、EAAT5は網膜に発現している。シナプス間隙におけるグルタミン酸の除去は、主にアストロサイトに存在する2種類のグルタミン酸トランスポーターGLAST,GLT1により制御されている。本シンポジウムでは、GLAST,GLT1の機能障害に着目し、その機能障害が統合失調症・感情障害・強迫性障害・自閉症・てんかん・神経因性疼痛などの様々な精神疾患の発症に関与する可能性をモデル動物の知見を中心に概説する。
3D-合同-2
グルタミン酸輸送体の足場となり、クリアランスを促進するシナプス周囲グリア突起内の蛋白質複合体
木下 専
名古屋大院・理・生命理学

神経伝達物質の迅速な再取り込みは、シナプス伝達の時間分解能の向上、過活動抑制、恒常性維持に必須である。神経伝達物質トランスポーターのシナプス近傍への集積はクリアランスの効率化に寄与すると推測されるが、生理的意義は検証されておらず、分子基盤も不明であった。小脳皮質に高密度に存在する興奮性シナプスからグルタミン酸を除去するトランスポーターGLASTは、バーグマングリア細胞(高度に分化したアストロサイト)の突起に大量に集積する。発表者らは、機能未知の細胞骨格系蛋白質複合体(セプチン線維、アダプター分子CDC42EP4、ミオシン-10を含む)がシナプス周囲のグリア突起の膜直下に集積していることを見出した。このうちバーグマングリア細胞選択的に発現するCDC42EP4に着目して遺伝子を破壊した。CDC42EP4欠損マウスでは、1)GLASTがセプチンから解離して2)シナプスから遠ざかり、3)グルタミン酸が残留して神経伝達が過剰となり、4)軽度の運動学習障害を呈し、5)正常個体には無効な低用量のトランスポーター阻害剤に過敏に反応して著しい運動障害を呈した。以上および先行研究から、上記複合体がGLASTをシナプス近傍に集積させる足場ないし拡散障壁としてグルタミン酸クリアランスの効率化に寄与していることがわかった。GLASTは一部の運動失調症、てんかん、統合失調症、緑内障の原因遺伝子であり、統合失調症脳ではCDC42EP4やセプチンの一部に量的異常がみられることから、関連する遺伝子改変マウス系統を疾患モデルとした解析を続けている。本研究は包括脳ネットワークの支援の下に複数施設との共同研究として行った。
3D-合同-3
統合失調症のガンマ帯域神経活動異常
平野 羊嗣1,2,スペンサー ケビン2
1九州大学大学院医学研究院精神病態医学,2ハーバード大学精神科

統合失調症は、その高い発病率と、疾患に伴う著しい個人的・社会的損失にも関わらず、その原因は未だに不明で、現存の治療法では完治に至らないことも多く、同疾患の病態解明は緊急の課題である。近年、統合失調症患者では、種々の認知課題や知覚刺激に対するガンマ帯域活動の同期性の障害が数多く報告されており、このガンマ帯域活動の異常が、統合失調症が有する認知機能障害や知覚情報処理障害の神経生理学的な病態基盤である可能性が示唆されている。ガンマ帯域の神経活動異常は、神経回路内のリズムメーカーとしての機能を担うGABA作動性の抑制性介在ニューロンの機能低下と、興奮性ニューロンの障害(NMDA受容体の機能低下)ならびに、この両者のバランス(E/Iバランス)が破綻することにより生じるとされている。さらに、これらの現象は種を問わず認められ、統合失調症のモデル動物でも同様の結果が得られるため、統合失調症の新たな病態モデルや治療ターゲットとして注目されている。本発表では、統合失調症に関する最新のガンマ帯域の神経活動異常の知見を中心に紹介し、本指標のバイオマーカーとしての有用性や臨床的な応用も含めた今後の展望について触れたいと思う。
3D-合同-4
思春期の心的外傷後ストレス障害(PTSD)患者を対象にしたイフェンプロジル酒石酸塩の有効性を検討するためのプラセボ対照二重盲検比較試験
佐々木 剛
千葉大学医学部附属病院 こどものこころ診療部

 心的外傷後ストレス障害(Post-Traumatic Stress Disorder:PTSD)は、「死」のトラウマ体験(虐待・震災被害等)を契機に、侵入、回避、麻痺、覚醒亢進症状が存在する強度の抑うつ気分を伴う精神障害である。特に児童思春期のPTSDは、まとまりない興奮した行動を認め苦悩し、解離や対人関係機能の多くの領域に慢性的な困難を持つことがある。PTSDに対し、Trauma Focused CBT(トラウマに焦点化した認知行動療法)やEMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)などの心理療法や選択的セロトニン取り込み阻害薬(Selective Serotonin Reuptake Inhibitor:SSRI)による薬物療法が検討されているが、日本国内でTrauma Focused CBTやEMDRを施行できる専門家の数は極めて少なく、受療体制が整っていない。さらに児童思春期の患児にSSRIを使用することは自傷行為出現の危険性があり、薬物療法にあたり極めて注意深い観察を要求される。このため、こどものPTSDの効果的治療法開発は精神医学分野において極めて重要な課題である。一方、近年の多くの研究から、PTSD症状とN-methyl-D-aspartate(NMDA)受容体によるグルタミン酸神経伝達が関係することが示唆され、その作用を持つ薬剤がPTSDの新たな治療薬として期待されている。イフェンプロジル酒石酸塩は、脳梗塞後遺症、脳出血後遺症に伴うめまいの改善薬としてすでに臨床使用され、我々はイフェンプロジル酒石酸塩が、児童思春期PTSD症状を改善した報告をし、PTSDの新しい治療薬としての可能性があると考える。イフェンプロジル酒石酸塩は1979年以来、我が国とフランスにおいて脳梗塞後遺症、脳出血後遺症に伴うめまいの改善薬として薬価収載市販されており、ヒトに対する安全性は確立されている。またイフェンプロジル酒石酸塩は、従来の抗うつ薬やSSRIのような躁転や自殺関連事象の副作用は報告されていない。我々は思春期(13歳から18歳)のPTSD患児40名に対しイフェンプロジル酒石酸塩の単独もしくは追加投与をプラセボ対照二重盲検比較試験として実施しており、当日は進捗状況を報告する。