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若手道場(大学院生口演、若手研究者口演)
突起進展、回路網形成
1E-道場2-1
加味帰脾湯はcytosolic aspartate aminotransferaseの活性化を介して軸索伸展を制御する
小林 諒1,渡り 英俊1,2,嶋田 豊2,東田 千尋1
1富山大学和漢医薬学総合研究所神経機能学分野,2富山大学大学院医学薬学研究部和漢診療学講座

アルツハイマー病(AD)は老年性認知症の主な原因疾患の一つである。我々は漢方方剤の一つである加味帰脾湯(KKT)にAD改善作用を見出してきた。当研究室はこれまでにKKTが有する作用として、遺伝子改変ADモデルマウス(5XFADマウス)脳内の変性した軸索を修復して物体認知記憶を改善させること、PP2A活性を亢進することで過剰にリン酸化したtauを脱リン酸化し、変性した軸索の形態的、機能的な正常化に寄与することを明らかにした。さらに、KKTが軸索の正常化に寄与する機序を解明するため、drug affinity responsive target stability(DARTS)法を用いてKKTの成分が直接結合する分子を探索した結果、cytosolic aspartate aminotransferase(cAST)を候補として見出した。しかし、cASTが軸索の正常化、あるいは記憶に関与しているとされる報告はこれまでにない。そこで本研究では、cASTがKKTの軸索修復作用に関与している可能性を検討することを目的とした。KKTがcASTの活性に及ぼす影響を検討した。amyloid beta(Aβ)とKKTを大脳皮質神経細胞(ddY, E14)の初代培養に処置したところ、AβはcASTの活性を低下させ、KKTはそれをコントロールと同等まで回復させた。一方、cASTの発現量は、Aβ、KKTいずれの処置によっても変化しなかった。5XFADマウス(8-11ヶ月齢、雌性)にKKTを15日間経口投与したところ、大脳皮質におけるcAST活性が亢進した。またKKTは、Aβによって萎縮した軸索を再伸展させる作用を持つが、cAST阻害剤のO-(carboxymethyl)hydroxylamine hemihydrochlorideの処置、あるいはsiRNAによるcASTのknockdown条件下では、このKKTによる軸索再伸展作用が減弱した。一方、cAST活性が正常時の軸索伸展の制御に寄与する可能性を検討するため、正常神経細胞のcASTを阻害あるいはknockdownしたところ、軸索は通常の形態を保っていた。このことから、cASTの活性はAβ存在下でのみ軸索の形態に関与している可能性が考えられる。以上の結果より、KKTはcASTと直接結合することによってその活性を亢進し、軸索伸展を促す可能性が示唆された。cASTの活性化が誘発する神経細胞内のイベントに関して現在検討中である。
1E-道場2-2
急性期および慢性期脊髄損傷における運動機能へのmatrineの作用
田辺 紀生,久保山 友晴,東田 千尋
富山大・和漢研・神経機能学

脊髄損傷では、外傷とそれに続く二次損傷により神経伝導路が破綻する。その後、損傷部においてコンドロイチン硫酸プロテオグリカン(CSPG)などの軸索伸展阻害因子が増加するため、神経伝導路の再建は阻害され、損傷部以下の脊髄支配領域において運動機能不全がおこる。我々はこれまでに、漢方生薬 苦参の熱水抽出エキスが、CSPGが存在する阻害的環境下で培養した神経細胞の軸索伸展を促進すること、急性期脊髄損傷マウスにおいて、損傷部での軸索伸展を増加させ、運動機能を改善することを明らかにした。本研究では、苦参の主要成分の1つであるmatrineについて、軸索伸展作用および脊髄損傷改善作用を検討した。CSPGをコーティングした培養皿上で大脳皮質神経細胞(ddY mouse,E14)を初代培養し、matrine(10 μM)または溶媒を4日間処置した。蛍光免疫染色によりpNF-H陽性軸索を検出し、軸索密度を解析した結果、matrine処置群で軸索密度が有意に増加した。次に、第12胸髄を圧挫損傷した脊髄損傷マウス(ddY,female,8 weeks old)に対し、手術当日よりmatrine(100 μmol/kg,p.o.)または溶媒を1日1回30日間連続投与した。その結果、matrine投与群で後肢運動機能が有意に改善した。損傷部の組織学的解析を行ったところ、matrine投与群で5-HT陽性軸索密度が増加していた。さらに、手術後28日間経過した慢性期の脊髄損傷マウスに対し、matrine(100 μmol/kg,p.o.)または溶媒を1日1回154日間連続投与したところ、matrine投与群で後肢運動機能が有意に改善した。以上、本研究において、matrineの軸索伸展作用および急性期・慢性期脊髄損傷に対する有効性を初めて見出した。Drug affinity responsive target stability(DARTS)法を用いて、初代培養大脳皮質神経細胞のlysate中よりmatrineの直接結合タンパクを探索したところ、heat shock protein 90(HSP90)が同定された。Matrineの軸索伸展作用および脊髄損傷改善作用に対するHSP90の関与について、解析を進めている。
1E-道場2-3
骨格筋を活性化することにより慢性期脊髄損傷を改善する薬物の研究
小谷 篤,田辺 紀生,久保山 友晴,東田 千尋
富山大院医学薬学教育部和漢医薬学総合研究所 病態制御部門 神経機能分野

 受傷後慢性期に至った脊髄損傷に対する有効な治療法の開発は、成功例が未だない。我々はこれまで、脊髄損傷部局所での軸索形成を促す薬物の研究を行ってきたが、慢性期ではさらに、萎縮した骨格筋に働きかけそれを改善したり、あるいは骨格筋由来の何らかの神経活性化因子を増加させるような薬効を見出すことができれば、臨床での有効性をより期待できるアプローチになると考えた。初代培養マウス骨格筋細胞に125種類の生薬エキスを処置し、そのconditioned mediumを初代培養神経細胞に処置し軸索伸展を評価した。生薬Aを処置した骨格筋のconditioned mediumにのみ、軸索伸展活性が認められた。次にT11レベルでの完全切断損傷モデルに損傷35日後から生薬Aエキスを後肢骨格筋に注射し(3回/week)、56日間観察したところ、有意に運動機能が改善した。また圧挫脊髄損傷マウスに対しても損傷45日後から、生薬Aエキスを後肢骨格筋に注射した(3回/week)。35日間観察期間中、運動機能の有意な改善が認められた。さらに生薬A中に含有される主要成分Bに着目し、圧挫脊髄損傷マウスに対して損傷45日後から後肢骨格筋に注射した(3回/week)。注射開始後35日間の評価において、運動機能の有意な改善が認められた。現在、生薬Aおよび活性成分B投与による神経筋接合部のシナプス密度の変化や、生薬A処置により骨格筋から分泌される軸索伸展促進因子の同定を進めている。また培養骨格筋細胞を用いて、活性成分Bの作用メカニズムを解析している。以上本研究では、骨格筋に働きかけることで受傷後慢性期の脊髄損傷を改善する薬効を初めて発見した。*生薬Aおよび成分Bの名称は、特許の関係で非公開とする。