TOP教育講演(Educational Lecture)
 
Educational Lecture
教育講演
7月26日(金)7:35~8:25 第4会場(朱鷺メッセ 3F 301)
2EL04m
精神医学Update:闇(座敷牢・癲狂院)を抜けて、そして光(光遺伝学)の方へ
Akiko Hayashi-Takagi(林(高木) 朗子)
群馬大学・生体調節研究所・脳病態制御分野

本邦における精神医学の近代化の基礎を築いた呉秀三先生は、1918年の著書の中で、「わが邦十何万の精神病者は実にこの病を受けたるの不幸の他に、この邦に生まれたるの不幸を重ぬるものというべし」と述べておられる。精神科医ならば誰もが知っている大変有名なフレーズである。精神疾患のある人々が、100年前に置かれていた悲惨な状況を表現したものである。有効な治療薬が一剤もなく、ましてや病因など分からない、癲狂院(当時の精神病院の呼称)に入院しても改善の見込みがないと告げられ、金銭的な負担に耐え切れず自宅に監禁せざるを得ず(いわゆる座敷牢)、家族は諦めきれずに神社仏閣に参り、行者を呼んで憑き物落としをしていた時代である。100年経った現在、状況はどう変わっただろうか?連鎖解析からはじまった人類遺伝学は、今や次世代シークエンスで3000万個のSNPsを一度に検出できる時代であり、疾患に関連する遺伝子多型やその効果率を定量的に示すことが可能になり、ゆっくりとしたペースではあるが、それでも病態解明は一歩一歩進んでいる。生物学的根拠に基づいた動物モデルや患者由来iPS細胞などを用いて、どのような生物学的な変動が生じているのかを自由自在の実験デザインで検証出来るわけで、研究者の腕の見せ所である。とりわけ光学と遺伝工学の利点を融合した強力なツールである光遺伝学の登場は大きく、神経科学のパラダイムシフトを起こした。この新技法が電気刺激法などの古典的手法と比較して優位な点は、分子細胞生物学の利点を最大限活用している点である。例えば、ある神経細胞に特異的に発現させるプロモーター配列、ある特定の細胞内局在へ集積させるシグナル配列、mRNAの非コード領域Cis配列などの膨大な遺伝子工学的な修飾を加えた光プローブは、空間的に極めて精密なレベルで局在を制御することが出来る。そして光学の特性は、ミリ秒スケールでの時間解像度で光刺激を制御できることであり、その結果、光遺伝学は実験者がデザインした時空間解像度で様々な細胞現象を操作し、その結果惹起される神経回路や行動への摂動を直接的に検証できるようになった。この光遺伝学の開拓者である御存じDeisseroth先生は精神科医でもある神経科学者である。
 本教育講演では、精神医学の歴史・軌跡、そして現在、強力なツールとなっている精神疾患動物モデルについて、モデルが満たすべき条件や限界について議論し、また(シナプス)光遺伝学、マルチスケール機能的コネクトミクス法などの最新の光学技術の紹介を組み合わせることで、精神医学研究の現状、そして今後の発展のためのブレインストーミングになればと期待する。
7月26日(金)7:35~8:25 第5会場(朱鷺メッセ 3F 302)
2EL05m
マカクザルを用いた社会的認知機能の生理学的理解
Masaki Isoda(磯田 昌岐)
生理学研究所システム脳科学

ヒトやマカクザルなどの霊長類動物は複雑な社会を形成する。たとえば自然状態下でのニホンザルの群れサイズは20頭以上におよび、そのなかには順位制や血縁性にもとづく社会構造が存在する。ヒトの社会については、実社会およびインターネット空間などでのバーチャル社会を含めて、その複雑さは増すばかりである。こうした多個体からなる社会にうまく適応するには、他者の行動情報を参照し、それにもとづいて他者のこころを類推したり、自己の行動を適切に制御したりする必要がある。いわゆるソーシャルニューロサイエンスは、そうした社会適応や対人相互交渉の基盤となる高次脳機能の神経メカニズムをあきらかにすることをめざす学術領域である。従来からの社会心理学研究や発達心理学研究と脳機能イメージング研究との融合により、社会的認知機能をつかさどる脳領域や神経ネットワークをヒトで非侵襲的に同定することが可能となった。また、これと並行して、マカクザルを用いて社会的認知機能のシステム的理解をめざす研究もはじまっており、ヒトの脳機能イメージング研究を補完する、高い時空間解像度での神経活動計測や、機能介入にもとづく実証研究もおこなわれつつある。本講演ではソーシャルニューロサイエンスのなかでも、とくにマカクザルを用いた研究開発の現状について、これまでに講演者らがおこなってきた取りくみ ― 自己と他者の動作情報や報酬情報の処理機構の解明と社会的認知ゲノミクス研究 ― を中心に概説する。 。
7月26日(金)7:35~8:25 第6会場(朱鷺メッセ 2F 201A)
2EL06m
幹細胞からの自己組織化による神経オルガノイド形成
Mototsugu Eiraku(永樂 元次)
 

我々がマウスおよびヒト多能生幹細胞からの大脳皮質オルガノイド形成について報告して以降(Eiraku et al., 2008)、神経オルガノイド研究は世界的に広がり、現在では再生医療の移植用途や病態モデル、創薬プラットフォームなどの応用を目指したものから、脳進化発生生物学などの基礎研究のモデルとしての有用性を示すものまで、幅広い研究分野で受け入れられ多くの報告がなされている。神経幹細胞は1細胞からニューロスフェアと呼ばれる神経細胞塊を形成することはできるが、層構造形成や3D形態形成などの神経発生において重要な研究対象として捕らえられている多細胞現象を再現することはできない。体性幹細胞をソースとして1細胞から構造体を形成できる腸管オルガノイドなどとは異なる。神経オルガノイドは多くの場合、多能生幹細胞をソースとして形成される。本講演では、哺乳類の神経発生過程を概説し、神経オルガノイド 形成の理論的背景と今後の展開について述べる。
7月26日(金)7:35~8:25 第7会場(朱鷺メッセ 2F 201B)
2EL07m
意思決定のメカニズム解明にむけて
Saori C Tanaka-Kawawaki(田中 (川脇) 沙織)
ATR脳情報通信総合研認知機構研

脳の複雑な機能の解明には、物質や回路の働きについての数理モデルを仮定し、それを実験的手法で検証する「計算論的神経科学」のアプローチが有効であることは近年神経科学のみならず、臨床や経済学といった様々な分野に広く浸透してきた。その中でも、ドーパミン、セロトニンなどの神経修飾物質の役割を記述する数理モデルは、予測と意思決定の脳の機能解明には不可欠であり、数理モデルに関する検証実験的が盛んに行われている。予測と意思決定に関するドーパミンの代表的な数理モデルとして、強化学習理論における「TD信号」が挙げられる。強化学習の最も基本的な枠組みは、状態s(t)のもとで行動a(t)を取ると報酬r(t)が得られ、その結果状態がs(t+1)に遷移するという環境のもとで、将来得られる報酬の重み付きの期待値E[r(t+1)+ r(t+2)+2 r(t+3)+...] を最大化するような行動規則 (policy) a = (s)を求める問題として定式化される。は、報酬評価の減衰係数 (discount factor) であり、1に近いほど遠い将来に得られる報酬のことまで考慮して学習しようということになる。評価関数の誤差 δ(t) = r(t)+ V(s(t))-V(s(t-1)) は、temporal difference (TD) 信号と呼ばれ、これに比例した分だけ古い状態の価値の予測を修正することで、状態の評価の学習に使われる。また、TD信号が正であれば行動a(t)をとる確率P(a(t)|s(t))を増やし、逆に負であればその確率を下げるという形で行動規則の強化信号としても働く。これまでの研究で、中脳ドーパミン細胞の活動が、報酬予測の誤差情報、つまり強化学習理論におけるTD信号の働きを担っていることを示唆する報告が数多くされている。
また予測と意思決定に関するセロトニンの機能の一つとして、「衝動的選択」が挙げられる。これは、将来的に大きな報酬が得られる行動よりも、即時的に少ない報酬を得られる行動を選んでしまうことであり、ラットのセロトニン経路の破壊で、衝動的選択が生じたことが報告されている。これらの実験から、セロトニンが強化学習理論における報酬評価時や価値の更新時の時間スケールの制御に関わるという仮説が提唱されている。講演者のグループでも、健常被験者のセロトニンレベルを人為的に変化させた状態で、遅延報酬選択課題を実施したところ、セロトニンが報酬評価時の減衰係数を調整することを示唆する結果 (Tanaka et al., 2007)や、遅延報酬の価値を更新する際にどれだけ過去の行動まで考慮するかの信頼度トレース係数を調整することを示唆する結果 (Tanaka et al., 2009) を得ている。
このように、強化学習理論をベースに作られた大脳基底核の数理モデルを用いて、脳の回路や物質系の振る舞いを観察することは、意思決定の機構を解明するうえで非常に有効な手段である。一方、これらのモデルの検証方法は一つではない。侵襲的手法では、動物を用いた意思決定タスク実行中の電気生理実験によるニューロン活動の記録、ノックイン·ノックアウトや電気刺激·光遺伝学の手法を用いた特定の脳部位や物質系の操作による意思決定行動の変化の観察などが挙げられる。ヒトを対象とした研究では、物質系を操作した状態での意思決定タスク実行中の脳の信号を脳波や機能的磁気共鳴画像法 (fMRI) を用いて計測する手法などが用いられている。
また、強化学習理論は脳における意思決定の数理モデルとしては有望であるものの、強化学習で用いられる“状態""や“報酬""が脳の中でどのように定義されているか、また外界の情報からそれらの特徴量をどのように抽出しているのか、そのメカニズムは未だ明らかではない。また、より複雑な意思決定問題では、“より賢い""学習アルゴリズムを用いている可能性も示唆されている。ヒトや動物が、どのような場面でどのように最適アルゴリズムを選択しているか、そのメカニズムも明らかではない。
本教育講演では、意思決定のメカニズム解明にむけた研究アプローチを、手法にフォーカスしながら紹介するとともに、モデルそのもののバリエーションや変遷についても紹介していきたい。
7月27日(土)7:50~8:40 第4会場(朱鷺メッセ 3F 301)
3EL04m
蛍光イメージングによる神経細胞の形態解析
Takeshi Imai(今井 猛)
九州大学医学研究院

あらゆる神経機能は神経回路の構造が基盤となっている。従って、神経細胞の構造を捉えることは、現代神経科学における重要なステップであるといえる。従来、神経回路の構造の全貌を捉えることは非常に困難であったが、近年、様々なレーザー顕微鏡や組織透明化法が開発されたことで、蛍光顕微鏡を用いた神経回路解析が容易になってきた。そこで本講演では、神経細胞の形態解析を念頭に、蛍光顕微鏡の基礎知識と、固定標本の3次元蛍光イメージングについて解説したい。スライドについてはSeeDB ResourcesのTutorial(https://sites.google.com/site/seedbresources/tutorial)にアップしてあるものを一部使用するので、必要に応じてご活用頂きたい。
我々は、こうした手法を用いて嗅覚系回路の発達機構の研究を進めており、それについても併せて紹介したい 。
7月27日(土)7:50~8:40 第5会場(朱鷺メッセ 3F 302)
3EL05m
ソングバードの歌学習を用いた神経科学的研究から学ぶこと
Yoko Yazaki-Sugiyama(杉山(矢崎) 陽子)1,2
1沖縄科学技術大学院大学
2東京都文京区本郷7-3-1 東京大学 国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構

ヒトの赤ちゃんが生後に大人の話す言葉を聴くことで言語発声を発達させる。これと同様に、ソングバードと呼ばれる鳴禽類のトリは、生後の「臨界期」に成鳥の歌(通常親の歌)を聴いて覚え、これを摸倣することで `歌'を学習する。臨界期の過程はどちらも親の声を聴いて覚える「感覚学習期」とこれに引き続く、聴いて覚えた音を真似して発声し、自身の発声パターンを形成する「感覚運動学習期」から成ることが知られている。ソングバードはヒトと同様、音声コミュニケーションの手段である発声パターンを学習する数少ない動物種である。この発声学習は本能行動であり、生後に成体の発声を聴くだけで、特に報酬や罰を受けることがなくとも学習が行われる。
ソングバードの歌学習は、1970年代に同じ種類のトリでも住んでいる場所により唄う歌が少しずつ違うことから(住んでいる地域により聴く歌が違うことが考えられるため)、遺伝ではなく後天的に歌のパターンが決まること、という考えが提唱された。後に親から隔離して育てられると異常な歌を唄うという行動学的実験から、「親の歌を聴くことにより歌を`学習'する」ということが明らかになった。1980年代になるとこの発声、学習を司る脳内の神経回路が明らかになり神経科学の分野でも大きく発展した。
ソングバードの一種であるキンカチョウは、オスのみが求愛歌として歌を唄う。キンカチョウのオスは発達期の臨界期に個々に異なる個体に特有の歌を発達し、生涯同じ歌を唄う。このキンカチョウの歌学習行動は、行動学的にも1)様々な種のトリの歌が聴こえても自身の種の歌を選択的に学習すること、2)歌を使って個体識別をしていること、3)臨界期には別の歌を学習しなおすことが出来るが、この時期を過ぎてしまうと再学習はしないこと、4)受動的な聴覚経験から学習はせず、親鳥との社会的相互作用を介してのみ学習が起きること、など様々な生物学的に面白い現象が行動学に明らかになっている。一方で、これらの行動に関わる神経回路も解明されてきており、これまでにこのモデル動物を用いて聴覚フィードバックを用いて自分の発声パターンを形成する感覚運動学習の神経メカニズムは元より、様々な高次機能の神経メカニズムの研究に用いられてきた。その中で私達の研究室では、このキンカチョウの歌学習を用いて1)どの様にしてここに違う歌を唄うにも拘らず、自身の種の歌を聞き分けているのか、2)発達期の聴覚経験が脳内の聴覚機能をどの様に形成するのか、どの様にして記憶は形成されるのか、3)なぜ、親鳥との音声コミュニケーションを介した聴覚経験からしか学習できないのか、といった生物学的な疑問を明らかにする研究を行ってきた。特に、その神経回路の機能を明らかにするため、神経活動を記録する電気生理学的手法と、行動学的実験を併わせた研究を行い、これまでに、キンカチョウは生得的に決定している歌のテンポを用いて自身の種の歌を聞き分けていること、この歌のテンポの聞き分けには第一次聴覚野の特異的な神経細胞が関わっていること、キンカチョウの高次聴覚野には親の歌を聴いて覚えることで、学習した親の歌にのみ特異的に聴覚応答を示す神経細胞群が発現すること、この神経細胞群の聴覚応答は同じ親の歌でも受動的に聴く時と、親鳥が歌う歌を直接聴く時ではその聴覚応答のパターンが大きく異なることなどを明らかにしてきた。これらのことから、キンカチョウが発達期に、自身の種の歌を聞き分け、これを選択的に学習する、という学習行動が、どの様に脳内で制御されているのか、ということが考えられる。
本講演では、キンカチョウの歌学習というモデル動物の行動を用いて、どの様な神経科学の問題が解決できるのか、考察していく。
7月27日(土)7:50~8:40 第6会場(朱鷺メッセ 2F 201A)
3EL06m
脳細胞づくりを担う前駆細胞たちの形態・ふるまいを理解するには:これまでと今の問いかけ
Takaki Miyata(宮田 卓樹)
名古屋大院医

現在のdevelopmental neuroscience(発生神経科学)は,「胎生期の脳原基で細胞づくりにあずかる細胞たち(本抄録はneural progenitor cells [NPCs]と総称する)」の形態および機能をそれぞれ,相当程度,把握している.この理解状況は,ここ30年ほどに開発·採用された手法に依るところが大きいが,その土壌となった「それ以前の100年余」の研究史も,「いま」そして「これから」のNPCs研究および発生期·発達期の脳の研究全般にとって貴重な財産であると講師 宮田は考える.

そこで,まず第1部(10分程度)でNPCs研究史を以下のように紹介する.(1) 19世紀末,His(1887年)およびCajal(1894年)による「NPCsは支持細胞とは別(支持細胞は,細胞づくりにあずからず)」説とSchaper(1897年)による「支持細胞とNPCsは同じ細胞の2局面(細胞づくりにあずからぬ支持細胞は存在せず)」説.(2) 1935年 FC Sauerの核サイズ計測·比較にもとづくSchaper説の支持と「NPCsが分裂期(脳室面)と非分裂期で核·細胞体の位置を変えるinterkinetic nuclear migration(本抄録中IKNMと略)」概念の提示.そして (3) トリチウムチミジンでパルス標識した核の追跡によるIKNMの証明(1959年 ME Sauerら,1959年Sidmanら,1962年Fujita).(3) NPCゾーンの飽和的(連続投与的)標識にもとづく「細胞づくりにあずからぬ支持細胞は存在せず」説の支持(1963年 Fujita,NPCsを包括的にmatrix cellsと命名).(4) その後 1969年頃に復活した「細長い支持細胞(radial gliaと命名)と背の低いNPCsは別」説(Sidman,Rakicら)の20世紀中の広まり.

続く第2部(15分程度)で, NPCs形態および挙動の新しい理解「NPCsには細長くて支持機能を果たす(radial glia形態をとる)ものも多く含まれる(よってSchaper, Fujitaは的を得ていた)」(2000年以降)とそれをもたらした種々の技術(低密度分散的細胞培養 [Templeら, 1989年~] やレトロウイルス標識によるクローン解析 [Cepkoら,1987年~], パルスチェイス標識と飽和的標識を組み合わせることで行なわれたNPCs細胞周期関連解析 [Cavinessら, 1993年~],蛍光標識スライス培養下のNPCs観察 [McConnellら,1995年~] など)·取り組みを紹介する.これまでに見いだされたNPCsの多様さ·細分化(したがってNPCsシステムは「均一」では決してなく,多種の協同でなりたつ)を「知識として覚える」のは,いまの学生諸君にとって退屈あるいは苦行であるかもしれないが,過去の問い,検査·アセスメントの手技,「狩りの兵法」などの追体験が,ご自身による「新種 NPC」発見や「脳づくりにあずかる分子機構」解明のヒントになれば幸いである.第1~2部(OIST,首都大学,広島大学での集中講義内容に準拠する)には,モノ·コトの「2通りの見方」を参照する教材,技術進歩が解釈を新たにする·概念を変えるさまを例示する教材となればとの願いも込める.

第3部(15分程度)では,ここ数年の宮田が「すべてのNPCsを同時に見る」イメージングと力学的な取り組みを通じて研究している「三次元的にひしめくNPCsの群れが細胞生産システムとして安全かつ効率的·経済的に集団的IKNMを達成しているしくみ·工夫」について,手法と合わせて紹介する.これは,1970年代までの「組織学しかなかった頃の先人」の足跡·深い洞察を受けとめて現在の宮田なりのベストを尽くすなら,これだろう(これなら「彼ら」に面白がってもらえるだろう)と取り組んでいる研究である.生態学·地学や交通·都市工学からの学び,「非数理(手製模型による)シミュレーション」例も交える予定である.
7月27日(土)7:50~8:40 第7会場(朱鷺メッセ 2F 201B)
3EL07m
わかりやすい自由エネルギー原理
Takuya Isomura(磯村 拓哉)
理研CBS 数理脳科学

自由エネルギー原理(free-energy principle)はKarl Fristonにより提唱された脳の理論であり、シンプルな法則により生物の知能を数理的かつ統一的に説明することを目的としている。Helmholtzが無意識的推論と呼んだように、生物の感覚は不完全であるため、脳は常に推論を行い不足した外界の情報を補っているとされている。この推論の過程はDayanやHintonらによって、内部生成モデルを用いて外界の力学システムの隠れ変数·パラメータを推論·学習する数理モデルとして定式化された。自由エネルギー原理はそれらの流れを汲んだ理論であり、推論の最適化の法則により、知覚のみならず行動や意思決定の最適化についても説明可能な統一理論である点が特徴的である。

過去の経験から予測した感覚入力の期待値と実際に受け取る感覚入力とのずれ(予測誤差)をサプライズと呼ぶ。自由エネルギー原理は、感覚入力のサプライズを最小化するように神経活動、シナプス結合、および行動を最適化し続けることが、生物が従う原理であると定めている。その際に直接サプライズを計算するよりもその上限である変分自由エネルギーという量を計算する方が容易であるため、生物が実際に最小化する目的関数(コスト関数)は変分自由エネルギーであると仮定している。これが自由エネルギー原理の名前の由来である。この理論では、知覚は予測誤差の最小化による内部生成モデルの最適化であると解釈される。予測誤差を最小化するような脳内の情報表現は予測符号化(predictive coding)やベイズ脳仮説(Bayesian brain hypothesis)としても知られ、Hebb型のシナプス可塑性によりこれを説明する神経回路モデルが提案されている。また、行動生成や意思決定についても同一の原理から導出可能であり、行動は周囲の環境を予測しやすい状態に変化させ将来自分の好みの入力を得るために起きる、と説明できる。これは能動的推論(active inference)と呼ばれている。

本教育講演は、自由エネルギー原理の基礎をわかりやすく紹介することを目的とする。主に、知覚と行動の最適化の理論、提案されている神経回路による実装方法、および関連する実験的知見について述べる。また発表者自身の研究トピックである、自由エネルギー原理の検証を目的とした生理実験、およびその結果から見えてきた生理学的に妥当なHebb型の学習モデルについても報告する。発表には一部数式(確率分布や微分方程式)が出てくるが、数式を追わなくても理論の概要が理解できるような説明に努める。 。
7月27日(土)14:20~15:20 第7会場(朱鷺メッセ 2F 201B)
3EL07a-1
タンパク質の凝集化と精神・神経変性疾患
Motomasa Tanaka(田中 元雅)
国立研究開発法人理化学研究所脳神経科学研究センター

タンパク質の異常凝集はアルツハイマー病、プリオン病、ハンチントン病などの多くのヒト神経変性疾患の発症に関与しているが、その分子メカニズムにはいまだ不明な点が多い。本教育講演では、神経変性疾患の原因となるタンパク質のミスフォールディング・異常凝集の過程やそれによって生じる線維状タンパク質凝集体(アミロイド)の性質および生理的影響を理解することを目指し、精神・神経変性疾患モデルの神経細胞・マウスを用いた神経科学的なアプローチや構造生物学・生物物理学的なアプローチから行われてきた最近の研究を紹介する。
難治性神経変性疾患の一つであるプリオン病の特徴は、その原因となるプリオンタンパク質の凝集体が感染性を示すことにある。最近の研究では、多くの神経変性疾患原因タンパク質の凝集体が細胞間で伝播すること、それが発症に関与することが示唆され、このようなプリオン現象の普遍性が指摘されている。したがってプリオン現象の解明は、プリオン病はもとより、他の神経変性疾患の病態解明にも道を拓くと期待される。本講演では、哺乳動物を用いたプリオン現象の解明に加え、その理解にこれまで大きく貢献してきた酵母プリオンを用いた研究も含めて概説する。
プリオン病やアルツハイマー病を含む多くの神経変性疾患は、精神障害を伴うことが知られている。このような精神障害を抑制することも、治療および介護の点から重要な研究課題になっている。ところが、神経変性に比べて精神機能を調べる実験系を構築することが難しいため、精神障害の発現機構には不明な点が多い。最近の研究によると、精神障害の発現に関してもタンパク質の凝集化がトリガーになり、その異常がもたらされる可能性が指摘されている。したがって、神経変性疾患と精神疾患の共通点が、「タンパク質凝集化」をハブとして分子レベルで理解されつつある。このように元来シームレスな側面が多い両疾患を包括的に捉えることで、顕著な精神障害を示す神経変性疾患や、より幅広く精神疾患の発症機序の解明を目指した研究についても紹介する。
7月27日(土)15:20~16:20 第7会場(朱鷺メッセ 2F 201B)
3EL07a-2
人工神経接続による脳機能再建
西村 幸男
 

随意運動は、大脳皮質運動関連領野からの下行性運動指令が脊髄を介して筋肉へ伝えられることで達成される。脳梗塞や脊髄損傷などの中枢神経損傷後には、脳と脊髄とを結ぶ神経経路が切断され、脳からの指令が筋まで届かなくなってしまうために運動麻痺を呈する。しかしながら、損傷領域の上位に位置する大脳皮質や下位に位置する脊髄・末梢神経・筋の機能が喪失しているわけではない。その機能が残存している脳と脊髄や筋肉を結ぶ新たな神経経路を人工的に作り、切断された神経経路をバイパスし神経を代替することで、失った随意運動機能を再建できる可能性がある。
我々は「人工神経接続(Artificial neural connection: ANC)」というパラダイムを提案し、損傷上位の運動指令を損傷下位の脊髄・筋に伝達する人工神経接続の開発に取り組んできた。人工神経接続は随意制御可能な生体信号(脳活動や筋活動)を記録し、それをコンピューターインターフェイスにてリアルタイムに電気刺激へ変換し、物理的に離れた神経構造を電気刺激する、すなわち神経活動依存的電気刺激である。
有望な人工神経接続の利用法は、損傷した神経経路を人工神経接続により再結合し、失った機能を再建することである。我々は、脊髄損傷サルの損傷の上位の大脳運動野と下位の脊髄とANCに繋ぎ、麻痺した手の随意運動機能を再建することに成功した。これを臨床に応用して、ヒト脊髄損傷患者に手の筋-脊髄歩行中枢間のANCにより、下肢麻痺している脚での歩行の開始-歩行サイクルの制御-歩行の停止を実現させ、随意歩行の再建にも成功した。
次に有望なのは既存の神経結合に人工神経接続を加えることにより、既存の神経結合を強化し、機能を増強することである。健常なサルの皮質脊髄路ニューロン(CMニューロン)の活動によりトリガーされた活動依存的電気刺激を、その投射先である脊髄全角に行うことにより皮質脊髄路ニューロンと並列にANCを形成する。それにより、ANCに繋げられたCMニューロンからの筋出力が増大する。また、それを自由行動下で一晩中行うと、人工神経接続を外してもCMニューロンの筋出力が増大したままになり、その筋出力の増大は数日継続した。これは既存のCMニューロンと脊髄運動ニューロン間のシナプス結合が増強されたためだと考えられる。
人工神経接続は生物の持っていない神経結合を形成することもできる。大脳皮質の運動野には体部位再現があり、例えば大脳皮質の運動野の〝手″領域は、頸髄を介して〝手″の筋肉を支配する。しかし、ANCを使えば、運動野〝顔″領域と〝手″の筋肉を繋いでも、ましてや、受動的な脳領域である体性感覚野と〝手″の筋肉を繋ぐこともできる。サルはそれらの大脳皮質のどこにANCを繋いでも、ANCにより新規に形成された神経結合に10分程度で適応し、手の随意運動を再獲得する。この際、大脳皮質はダイナミックにその活動を変化させ、ANC開始直後は脳全体の活動を上昇させるが、次第に〝手″の筋肉を制御している脳部位に活動を集中させるように変化させた。このように、大脳皮質はANCにより新規に形成された人工的な神経結合に柔軟に適応し、どの脳領域でも運動野〝手″領域になることができ、新規脳機能を獲得させることが可能である。
このように、人工神経接続は、神経接続の組合せ、変換アルゴリズム、刺激のモダリティ等を変えることにより、機能再建、シナプス可塑性、神経適応など様々な応用が考えられ、臨床応用だけでなく、脳神経系の基礎研究の新しい実験手法になり得る大きなポテンシャルを持っている。
7月27日(土)16:30~17:30 第7会場(朱鷺メッセ 2F 201B)
3EL07e-1
自閉スペクトラム症の社会的コミュニケーションの障害に対するオキシトシンを用いた新規な治療薬開発
Hidenori Yamasue(山末 英典)
浜松医科大学精神医学

代表的な発達障害である自閉スペクトラム症は、一般人口の100人に1人という高い頻度で認められる。知的には平均以上のケースも多く、人間関係や社会生活の変化の中で青年期以降に初めて事例化することが増え、社会問題となっている。この自閉スペクトラム症で中核症状として認められる社会的コミュニケーションの障害は、表情や視線や声色などの非言語情報あるいは言語情報を介した意思疎通の障害として特徴付けられる。自閉スペクトラム症について、こうした中核症状に対する治療方法は確立されておらず、非常に大きなアンメットニーズとして、本人や家族はもちろん社会全体にとっても大きな負担が生じている。現状では、中核症状を有しながらも社会生活を送れる様に、本人が対処方法を身につけていくこと、到達しやすい生活目標に修正すること、生活しやすい環境に調整すること、などが対応の主体となっている。
下垂体後葉ホルモンであるオキシトシンは、従来から知られる末梢での子宮平滑筋収縮や授乳促進に加えて、中枢作用として、表情を読み取る能力の促進や仲間集団内での信頼増強などの効果が知られる様になっている。そして近年は、自閉スペクトラム症の社会的コミュニケーションの障害に対する初の治療薬候補として注目されている。本講演では、演者らがオキシトシン点鼻スプレーを用いて取り組んで来た、行動や臨床症状の評価に加えて脳画像解析による脳機能変化を代理の効果判定指標(Surrogate endpoint)として用いて薬効を評価する医師主導臨床試験の成果を紹介する。さらに、遺伝子情報を用いることで、オキシトシンの効果の程度を投与開始前に予測する方法を開発しており、この成果についても紹介したい。この遺伝子情報による治療効果予測における治療反応性の指標としても、脳機能変化などの画像指標を用いてきた。
こうした行動レベルの変化として捉えられるオキシトシン投与効果と、オキシトシン関連分子の遺伝子の両方と関連した脳画像指標は、遺伝子と行動の特徴の中間表現型(Endophenotype)であると考えられる。また一方でこうした脳画像指標は効果判定指標(Surrogate endpoint)として応用可能である。こうした知見を基に、新規治療薬開発において脳画像指標の様な中間表現型をEndophenotypeとSurrogate endpointの両方の特長を兼ね備えるEndophenotype-associated surrogate endpoint (EASE)として活用する戦略の有用性を述べたい。EASEを用いることで動物研究とのtranslationも促進出来ていると考えている。そして、臨床応用に向けて現在進行中の医師主導治験の取り組みについても概略を述べる。

参考文献(*Corresponding author):
Benner S, Aoki Y, Watanabe T, ..., Yamasue H*. Mol Psychiatry. 2018 Sep 27. [Epub ahead of print]
Yamasue H*, Okada T, Munesue T, et al. Effect of intranasal oxytocin on the core social symptoms of autism spectrum disorder: A randomized clinical trial. Mol Psychiatry. 2018 Jun 29. [Epub ahead of print].
Watanabe T, Kuroda M, Kuwabara H, ..., Yamasue H.* Clinical and neural effects of six-week administration of oxytocin on core symptoms of autism. Brain, 2015; 138:3400-12.
Yamasue H*. Using endophenotypes to examine molecules related to candidate genes as novel therapeutics: the ""Endophenotype-associated surrogate endpoint (EASE)"" concept. Neurosci Res 2015;99:1-7. 
Watanabe T, Abe O, Kuwabara H, ..., Yamasue H*. Mitigation of Sociocommunicational Deficits of Autism Through Oxytocin-Induced Recovery of Medial Prefrontal Activity: A Randomized Trial. JAMA psychiatry, 2014;71:166-75.
7月27日(土)17:30~18:30 第7会場(朱鷺メッセ 2F 201B)
3EL07e-2
神経学と免疫学のクロストークから読み解く神経疾患 - 多発性硬化症から認知症まで
Izumi Kawachi(河内 泉)
新潟大脳研・医歯学総合病院・神経内科学

150年前に多発性硬化症や筋萎縮性側索硬化症を臨床病理学的に記載した神経学の父Jean-Martin Charcot (1825-1893) は未来の神経学が歩むべき道を示している. “We should think of arthritis as a tree whose main branches are gout, rheumatism, certain migraines, skin rashes, etc. On the other hand, the neurological tree has for its branches neurasthenia, hysteria, epilepsy, all the types of mental conditions, progressive paralysis, gait ataxia, etc. The two trees live side by side; they communicate through their roots and they interrelate so closely that one may wonder if the two are not the same tree. If you understand this concept, you will appreciate what occurs in most neurological conditions; without this understanding, you will be lost.” (Charcot, 6 Dec. 1887)(Goetz C . Charcot The Clinician: The Tuesday Lessons. New York, Raven, 1987).
 多発性硬化症と視神経脊髄炎は中枢神経系自己免疫疾患である. 多発性硬化症はオリゴデンドロサイトと髄鞘 (自己抗原分子未同定) を障害し, 視神経脊髄炎は水チャネル分子アクアポリン4を発現するアストロサイトを障害することで発症する自己免疫性グリア病である. 両疾患ともに一義的なグリア細胞の恒常性破綻が, 二義的なミトコンドリア変性を伴う神経細胞・軸索障害を引き起こすことが知られているが, その様態は両疾患で異なる. 特に進行型多発性硬化症はアンメット・メディカル・ニーズが極めて高い領域であるため, オリゴデンドロサイト・髄鞘の恒常性破綻とその結果として神経細胞・軸索障害に至る病態プロセスは世界が注力している研究領域である.
 アルツハイマー病は認知症の中で最も頻度の高い神経変性疾患である. アミロイドベータ蛋白とタウ蛋白の蓄積に伴って緩徐に進行する. 欧米の大規模検体を用いて発見されたアルツハイマー病に寄与するレアバリアントTREM2を軸に, 近年, ミクログリアをはじめとした自然免疫システムの恒常性破綻が神経変性を誘導する可能性が指摘されている.
 両疾患の病態研究を通して, Charcotによる ‘神経システムと免疫システムのクロストークから神経疾患を理解する’ というコンセプトは, 150年以上を経た今, まさに分子生物学的手法を用いて大きく発展しつつある. 神経システムと免疫システムの包括的理解に基づいた両疾患の病態研究の一端を紹介したい.
7月28日(日)7:50~8:40 第2会場(朱鷺メッセ 2F メインホールA)
4EL02m
パーキンソン病はアミロイドーシスか?
Hideki Mochizuki(望月 秀樹)
大阪大学大学院医学系研究科 神経内科学

近年プリオン仮説が、パーキンソン病の病変進展の機構としても指摘されるようになった。神経細胞内タンパク質であるαシヌクレイン蛋白が、神経細胞外に放出され、さらに他の神経細胞に取り込まれて細胞障害が進展していくという説である。その進行を抑制する治療方法として、細胞外のタンパク質を除去する抗体やワクチンがすでに海外を中心に開発されている。この仮説の裏付けとして、αシヌクレイン蛋白の構造が大きな役割を担っているが、その構造に関しては、未だ不明な点が多い。近年までnatively unfolded proteinと呼ばれていたが、Selkoeらは、ヒト赤血球から抽出したαシヌクレインはtetramerで安定している蛋白であることをNature誌に報告した。これが事実であれば、家族性アミロイドーシスの治療として用いられているタファミデイスのような4量体に安定化を促す薬剤がパーキンソン病でも有効な治療法となる。また、近年αシヌクレイン蛋白が、アミロイド蛋白として扱われているが、Congo Redでは染色されず、病理学ではアミロイドとしては理解されていない。これらの、諸問題について解決しない限りは、パーキンソン病の病態及び治療の開発には言及するのは難しい。これらの点について、どのように考え、解決するかをこの教育講演で概説する。

参考文献
Bartels T, Choi JG, Selkoe DJ.α-Synuclein occurs physiologically as a helically folded tetramer that resists aggregation.Nature. 2011 Aug 14;477(7362):107-10.

Araki K,et al. Synchrotron FTIR micro-spectroscopy for structural analysis of Lewy bodies in the brain of Parkinson's disease patients.Sci Rep. 2015 Dec 1;5:17625.

Araki K,et al. A small-angle X-ray scattering study of alpha-synuclein from human red blood cells.Sci Rep. 2016 Jul 29;6:30473.

Araki K,et al. The localization of α-synuclein in the process of differentiation of human erythroid cells. Int J Hematol. 2018 Aug;108(2):130-138
7月28日(日)7:50~8:40 第3会場(朱鷺メッセ 2F メインホールB)
4EL03m
神経変性疾患iPS細胞を用いた神経科学研究
Haruhisa Inoue(井上 治久)1,2,3
1京都大学iPS細胞研究所
2理化学研究所バイオリソース研究センター
3理化学研究所革新知能統合研究センター

人工多能性幹細胞(iPS細胞)が誕生して10年が過ぎた。iPS細胞は自己増殖能と分化多能性を併せ持つ胚性幹細胞(ES細胞)と同様に、無限に増殖し、脳を含め、体内の様々な臓器の細胞に分化する能力を有する。これまでの神経疾患に対する病態解明や創薬研究には、モデル動物を用いた研究から多くの知見が得られてきたが、通常、ヒト神経細胞を生きたまま採取することが難しいことや認知症を含めた神経変性疾患患者の病理組織ではすでに細胞が変性していることから、変性過程とくに発症前の患者自身の細胞での解析には限界があった。患者由来のiPS細胞を疾患責任細胞である神経細胞に分化させ、表現型を解析する認知症を含めた神経変性疾患モデルの作製が可能となった。それらを、病態解明や創薬のための化合物スクリーニングなど治療法の開発に利用することが期待されている。
本プレゼンテーションでは、我々の研究を含め、iPS細胞を用いた神経変性疾患研究についてお話させていただく。 。
7月28日(日)7:50~8:40 第4会場(朱鷺メッセ 3F 301)
4EL04m
即効性抗うつ薬ケタミンの最新トピックス
Kenji Hashimoto(橋本 謙二)
千葉大学社会精神保健教育研究センター病態解析研究部門

世界保健機関(WHO)の報告では、世界中で約3億人以上がうつ病に罹患しており、年間80万人以上が自殺で亡くなっている。現在の抗うつ薬(モノアミン系薬剤)は効果発現までに数週間以上必要であり、また現在の抗うつ薬に奏効しない患者(治療抵抗性)が約30%存在する。また自殺願望や希死念慮に効果を示す薬剤は無い。以上の事から、治療抵抗性患者に効果があり、自殺願望や希死念慮を下げるような即効性抗うつ薬はunmet medical needである。
古くから解離性麻酔薬や痛みの治療として世界中で使用されているケタミン(我が国では麻薬指定)は、現在、うつ病の画期的な治療薬として注目されている。ケタミンは治療抵抗性うつ病患者に投与して数時間後に抗うつ効果を示し、その効果は1週間以上持続する。さらに、ケタミンはうつ病患者の自殺願望、希死念慮も劇的に改善し、自殺予防という観点からも注目されている。わが国においては、ケタミンの抗うつ作用についてはあまり知られていないが、欧米では、精神医学分野ではクロルプロマジン以来の大発見、あるいは過去60年の間で最も大きなBreakthroughとまで言われている。近年の多くのメタ解析でケタミンの抗うつ効果は証明されているが、投与直後に観察される精神病惹起作用や解離症状(幽体離脱など)や繰り返し投与による薬物依存等の問題点がある。これらの副作用が解決されていないにも関わらず、米国全土(300以上の医療機関)では、治療抵抗性うつ病患者に対して、ケタミンの保険適応外使用が、日常的に行われている。
ケタミンは、不斉炭素を有しているので、二つの光学異性体を有する。わが国で使用されているケタミンはラセミ体である。NMDA受容体への親和性が強いS-ケタミンは、EUなどの一部の国で麻酔薬や痛みの治療薬として使用されている。現在、米国J&J社は、治療抵抗性うつ病に対するS-ケタミンの鼻腔内投与を開発中である(2018年9月4日にFDAに申請)。一方、演者らはNMDA受容体への親和性が低いR-ケタミンの方が、S-ケタミンより抗うつ作用が強く、副作用が少ないことを報告してきた。さらに演者らは米国企業と一緒にR-ケタミンの臨床治験を海外で開始した。
本教育講演では、即効性抗うつ薬として注目されているケタミンや代謝物の光学異性体の最新知見について議論したい 。
7月28日(日)7:50~8:40 第5会場(朱鷺メッセ 3F 302)
4EL05m
ショウジョウバエの求愛歌受容を担う神経機構
Azusa Kamikouchi(上川内 あづさ)
名古屋大院理

人間や小鳥、はたまたカエルから鈴虫に至るまで、多くの動物は「歌」と呼ばれる規則的なリズムを持つ音を発して求愛を行う。では、このような求愛の歌は、受け取った個体の脳でどのように評価され、「求愛の受け入れ」あるいは「拒否」という応答行動へとつながるのだろうか?私たちはキイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)をモデルとして、この課題に取り組んでいる。
ショウジョウバエは、体長2ミリ程度の小さな昆虫であり、古くから遺伝学や発生学のモデル生物として使われてきた。ショウジョウバエは脳内のニューロン数が約10万個と少ないながらも、様々な刺激に対して状況に応じた特定の行動を示す。そのため近年では、脳内の情報処理機構や行動制御機構を解明するためのモデル生物としてよく利用されるようになってきた。特にハエが示す求愛行動は、多くの研究者の興味を掻き立てている。例えば求愛行動の最中に、ショウジョウバエのオスは「求愛歌」と呼ばれる羽音を奏でてメスを魅惑する。この求愛歌のリズムは近縁種ごとに異なっているが、ハエは異種の歌と同種の歌を聞き分けて、適切な相手を選ぶことができる。では求愛歌のリズムは、脳でどのように情報処理されるのだろうか?また、同種のリズムを持つ「魅力的な」歌は、どのようなメカニズムでショウジョウバエの配偶衝動を高め、行動を変化させるのだろうか?
これら一連の神経機構を解明するため、私たちはこれまでに聴覚系の研究を進めてきた。まず、ショウジョウバエの「耳」として機能する触角の内部で音を受容する感覚ニューロン群を特定し、その周波数特性や投射先を調べることで、ショウジョウバエの一次聴覚中枢に周波数地図が存在することを発見した。さらに脳内の聴覚神経回路を解析し、ハエの脳でも、哺乳類と同様に音情報は脳内で並列分散処理されることを示唆した。
次に、求愛歌情報を処理する神経回路に着目し、特定のリズムを抽出する神経回路機構を解析した。その結果、GABA作動性ニューロンを介した抑制性フィードフォワード神経回路が、早すぎるリズムを持つ歌への応答を抑制することで、神経回路のリズム応答性を調節することを見出した。さらにハエが特定のリズムを持つ歌を好むようになる背景として、「同種の歌と同じリズムを持つ歌を聴く」、という聴覚経験に依存して、歌識別能力が向上する、という学習現象を発見した。この歌識別学習は、若いうちに同種の歌を聴く、という経験によって成立する一方で、異種の歌を聴いても成立しない。またその歌識別学習が発現する神経機構として、GABAを介した抑制性シグナルが求、愛受け入れを制御する中枢ニューロンへと作用することも発見した。言語学習を行う私たち人間や、さえずりを学習するキンカチョウなどの小鳥も、母語や同種の歌に若いうちに晒されることで、その音への感受性が高まることが知られている。私たちが発見したショウジョウバエの歌識別学習も類似の特性を持っていることから、『言語·歌学習のメカニズム解明のためにショウジョウバエをモデルとする』という世界的にも全く新しい研究分野が、今回の発見を起点に切り拓かれることが期待される。
以上、これまでに行った一連の研究により、ショウジョウバエが求愛歌をどのように聞き分けて配偶行動につなげるのか、その神経機構が明らかになりつつある。その制御の多くの段階で、抑制性神経伝達物質であるGABAの関与が発見され、神経システムの出力を調節する普遍的な機構である可能性が提唱された。本教育講演では、私たちが解明してきたこれらの結果を概観するとともに、他の動物種の聴覚システムとも比較して議論したい。
7月28日(日)7:50~8:40 第6会場(朱鷺メッセ 2F 201A)
4EL06m
げっ歯類の大脳皮質・皮質下回路の機能的スパイク信号を探る
Yoshikazu Isomura(礒村 宜和)1,2
1東京医歯大医歯総合細胞生理学
2玉川大脳研

動物が外界の状況と過去の経験に基づいて適切な行動を発現するとき、大脳皮質や大脳基底核の領域間回路および局所回路では、スパイク信号を実体とする機能的な情報が処理されているはずである。近年、大脳皮質·基底核の神経回路の構造については着々と理解が進んでいるが、神経回路によるスパイク信号の計算原理については本質的な理解からまだ程遠い。この原理を知るためには、目的の機能を担う回路に狙いを絞って、スパイク信号の流れを把握することが肝要である。私たちは、その第一歩として、単純な大脳を有するげっ歯類(ラット)を対象として、基本的な行動の発現を担う大脳皮質の運動野を中心とする神経回路のスパイク信号の機能的情報を解析することを目指してきた。
まず、脳活動の精密な計測のためにラットの頭部を固定した状態で、前肢でレバーを適切に操作して報酬を得ることをオペラント学習させる行動課題を確立した。この前肢運動の発現中に一次運動野各層の神経細胞のスパイク活動をジャクスタセルラー(傍細胞)記録し、顕微鏡下で可視化同定した。興奮性の錐体細胞は運動発現に対して多様な機能的活動を示すこと、抑制性のバスケット細胞などの介在細胞は運動の発現時に一様な機能的活動を示すことを見出した。また、マルチニューロン記録により、一次運動野と二次運動野は基本的には相似た運動関連機能を有し、左右の前肢に対する支配性は、一次運動野は反対側優位、二次運動野は両側優位の傾向を示すことを確認した。興味深いことに、霊長類とは異なり、二次運動野の上流にある後頭頂皮質の前肢支配性は同側優位を示した。運動野の興奮性細胞や抑制性細胞の間に観察される同期的発火は、実は機能的な情報を統計学的にほとんど有しないことも報告した。
同様の手法を用いて、大脳基底核の線条体における直接路細胞および間接路細胞の機能的情報の相違を調べた。まず、報酬の有無を予測しつつ単一行動を発現しているラットにおいて、背外側線条体の直接路細胞と間接路細胞の機能的活動を傍細胞記録したところ、これらは報酬予測的に修飾される協調的な運動関連活動を呈することを見出した。一方、行動の結果に基づいて次の行動を選択する行動課題をラットに遂行させて、背内側線条体の直接路細胞と間接路細胞の機能的活動を解析したところ、これらは行動の種類(押す·引く)、結果(報酬の有·無)、次の行動の選択(再選択·切換え)を順次、異なって表現していることが明らかとなった。実際、光遺伝学的な操作を加えて、直接路と間接路はそれぞれ行動の再選択と切換えに関与していることを証明した。
現在、脳の多領域間を行き交うスパイク信号を細胞単位·ミリ秒単位で効率よく解析できる「マルチリンク(Multi-Linc)技術」の開発に取り組んでいる。同じ軸索上を2つのスパイクが衝突すると両者は必ず消失するという性質を利用して、記録細胞の軸索投射先を同定するスパイク·コリジョン試験を、光遺伝学的刺激とマルチニューロン記録を組み合わせて並行かつ自動的に実施するという独自のコンセプトに基づく脳活動計測技術である。将来、マルチリンク技術の実用化を実現し、多領域間の機能的なスパイク信号を理論的に解析することにより、神経回路の計算原理の理解に迫る日が来ることを夢見ている。