TOP神経病理
 
神経病理
企画シンポジウム
ブレインバンクを基盤とした精神と神経のクロストーク
7月8日(土) 8:30-10:30 Room F
3SY③-1
日本ブレインバンクネットワークの現状
Japan Brain Bank Net

高尾 昌樹
国立精神・神経医療研究センター病院
MASAKI TAKAO
National Center of Neurology and Psychiatry (NCNP) National Center Hospital

日本ブレインバンクネット(JBBN)は2016年からAMEDの研究費をベースに開始された、日本のブレインバンクのネットワークである。2021年から第2期が開始され、抄録提出時点で18施設が参加する巨大なネットワークとなった(表)。世界的にみても、病理解剖数の減少が続いていたところに、COVID=19のパンデミックにより、病理解剖数は一層減少した。一方、ヒトの脳科学研究は急速な発展がみられており、特に、ヒト死後脳を用いた研究は増加している。JBBNは日本における脳科学研究を支える基盤として、多施設でヒト死後脳をバンクとして蓄積し、研究者に使用していただくことを目的としている。信頼できる試料提供のため、神経病理診断のエキスパートが、世界基準の神経病理診断をJBBNで統一した方法で行っている。データベースを発展させるため、神経病理診断、顕微鏡スライドのデジタル画像登録をすすめ、研究者の利便性向上と、バンクとしての永続性を目指している。当日はブレインバンクマニュアルの紹介や、JBBNの詳細について紹介をさせていただく。
7月8日(土) 8:30-10:30 Room F
3SY③-2
老年期精神障害の神経病理学的背景
Neuropathology of late onset schizophrenia and delusional depression

河上 緒1
1. 順天堂大学 大学院医学研究科精神・行動科学, 2. 公益財団法人東京都医学総合研究所 脳・神経科学研究分野, 3. 東京都立松沢病院 精神科
Ito Kawakami1
1. Dept. of Psychiatry & Behavioral Science, Juntendo University Graduate School of Medicine, Tokyo, Japan, 2. Dept. of Brain and Neurosciences, Tokyo Metropolitan Institute of Medical Science, Tokyo, Japan, 3. Dept. of Psychiatry, Tokyo Metropolitan Matsuzawa Hospital

高齢発症の幻覚妄想状態の診断にあたって,本邦では老年期精神障害という診断名が汎用されてきた.老年期精神障害とは,中年期以降に幻覚や妄想,抑うつを主体とする精神症状が初発し,経過の中期まで認知機能障害を伴わない病態を総称している.操作的診断基準の導入とともに,同病態は統合失調症や妄想性障害に組み入れられているが,ときに老年期発症の妄想性うつ病も内包し,その概念はやや曖昧である.同病態は,様々な脳器質疾患のprodromal期において出現し,とくにアルツハイマー型認知症,レビー小体型認知症,前頭側頭型認知症,嗜銀顆粒病や神経原線維変化型老年期認知症を含む高齢者タウオパチーが知られる.タウやαシヌクレインが代表的な蓄積蛋白であり,責任病巣として辺縁系領域や前頭葉皮質に着目した報告が多い.合併病理ゆえに単一の変性蛋白のみで解釈することが難しい症例がある一方,近年,精神症候に関連が深いとされるmesolimbic dopaminergic pathwayやserotonergic pathwayなどの神経回路における機能障害を示唆する神経病理報告が相次いでいる.発表者らも同病態を伴う神経原線維変化型老年期認知症において,mesolimbic dopaminergic pathwayの重要な神経核である側坐核の高度タウ病変と幻覚妄想との関連を報告している.変性疾患脳における神経回路に着目した神経病理研究は,内因性精神疾患における精神症候の病態を考える上でも,意義があると思われる.本発表では,器質的基盤を持つ老年期精神障害の臨床・病理学的特徴を最近の知見を交えて概説したい.
7月8日(土) 8:30-10:30 Room F
3SY③-3
精神神経疾患におけるTDP-43蛋白変性症
TDP-43 proteinopathies in neurological and psychiatric disorders

吉田 眞理
愛知医科大学 加齢医科学研究所
Mari Yoshida
Depart. of Neuropathol., Institute for Medical Science of Aging, Aichi Medical Univ.,Nagakute, Japan

Trans-activation response (TAR) DNA-binding protein of 43 kDa (TDP-43)は2006年にArai、Neumannらによって筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis, ALS)と前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration、FTLD)のubiquitin免疫染色でみられる封入体の構成蛋白として同定された。TDP-43の同定には、神経病理学的に診断されたALS、FTLDのブレインバンクに保存されている凍結脳が用いられ、Arai、Hasegawaらの優れた解析により画期的な発見を生み出した。ALSではTDP-43の同定により下位運動ニューロンのTDP-43陽性封入体のみならずグリア細胞にもTDP-43陽性封入体が出現することが明らかとなった。またFTLDの中でタウ陰性でTDP-43 proteinopathyを示す一群の存在を明確にした。前頭側頭葉皮質の前方領域を主座とし、行動異常型前頭側頭型認知症、意味性認知症、進行性非流暢性失語症の臨床病型を示す。TDP-43 proteinopathyはALS、FTLDを単独に示す場合もあるが、両者をともに障害することがタウやαシヌクレインと異なる点である。加齢に伴い側頭葉内側領域にTDP-43が蓄積する病態、タウやαシヌクレインなど他の変性疾患に随伴するTDP-43 proteinopathyなど多様な病態を示す。TDP-43 proteinopathyの全体像を概観し、精神・神経疾患における病理学的特徴を議論したい。
7月8日(土) 8:30-10:30 Room F
3SY③-4
レビー小体病における臨床スペクトラムの再考
Reconsideration of clinical spectrum in Lewy body disease

藤城 弘樹
名古屋大学大学院医学系研究科精神医学
Hiroshige Fujishiro
Dept. of Psychiatry, Nagoya Univ. Graduate School of Med., Nagoya, Japan

レビー小体とその関連病理を背景として、臨床診断基準が確立されている疾患には、パーキンソン病(Parkinson’disease: PD)とレビー小体型認知症(Dementia with Lewy bodies: DLB)があり、両者はレビー小体病と総称される。パーキンソニズムはPD診断には必須症状であるが、DLB診断には必ずしも必要でなく、診断時の黒質線条体神経変性の相違が一要因であると想定される。特発性レム睡眠行動障害(REM sleep behavior disorder: RBD)の多くがPD/DLBに進展することが明らかとなり、レビー病理の疾患特異性の高さより、Isolated RBDをレビー小体病の一つとすることが提案されている。すなわち、パーキンソニズムや認知機能障害を認めず、PD/DLBの診断基準を満たさない症例においても、背景病理を明示する分類である。PD/DLBの早期診断において、Isolated RBDの知見の集積が重要な役割を担っており、Prodromal PD/Prodromal DLBの研究目的の臨床診断基準が整備され、臨床的にレビー小体病の臨床スペクトラムを再考する機会を得ている。2017年のDLBの病理診断基準では、レビー小体病の脳内分布のみならず、中脳黒質の神経細胞脱落の程度について評価し、臨床病理学的観点から、パーキンソン症状の有無を記載することが明記された。この改訂によって、レビー小体病の多様な臨床像に対する柔軟な臨床病理学的検討が可能となり、臨床スペクトラムの整備が期待され、ブレインバンクの継続とともに症例の蓄積が重要と考えられる。
7月8日(土) 8:30-10:30 Room F
3SY③-5
タウオパチーと精神科臨床像:特に嗜銀顆粒病について
Psychiatric presentations and pathological base of argyrophilic grain disease

横田 修1,2, 三木 知子2, 石津 秀樹3, 安田 華枝3, 原口 俊4, 寺田 整司2, 高木 学2
1. きのこエスポアール病院 精神科, 2. 岡山大学大学院 精神神経病態学, 3. 慈圭病院 精神科, 4. 南岡山医療センター 脳神経内科
Osamu Yokota1,2, Tomoko Miki2, Hideki Ishizu3, Hanae Yasuda3, Takashi Haraguchi4, Seishi Terada2, Manabu Takaki2
1. Dept. of Psychiatry, Kinoko Espoir Hospital, Kasaoka, Japan, 2. Dept. of Psychiatry, Okayama Univ. Grad. Sch. of Med., Dent. and Pharm. Sci., 3. Dept. of Psychiatry, Zikei Hospital, 4. Dept. of Neurology, NHO Minami-Okayama Med. Center

嗜銀顆粒病(AGD)を有す例の一部では精神症状が前景に立つと考えられている.遅発性精神病性障害剖検例の検討ではAGDの頻度が有意に高い可能性が示された[1].脳血管障害後うつ病で自殺した11例の検討では,AGDとPSPを合わせた4Rタウオパチーの頻度が有意に高い事が報告された.法医剖検シリーズではAGD例では自殺のリスク比が1.72倍に上昇していた.75歳未満でAGDを有す7例の検討ではうつ状態,精神病性症状,アルコール依存が各3例ずつに認められた.双極性障害11剖検例(平均41.8才発症)の検討では,全例がAGDを有していた事が報告されている.AGDの病態に関しては嗜銀顆粒の広がりはSaito stageで評価できるが,その進行と並行して皮質下諸核や前頭葉皮質にもタウ病理が出現する.AGDの進行と共にgranular fuzzy astrocyte(GFA)は皮質下諸核で増加し,これはPSPと異なり前頭葉皮質や線条体より扁桃核に好発する[2,3].Saito stageと並行してGFAのタウのリン酸化,p62陽性化,Gallyas法での嗜銀性獲得が進行する.AGDの最初期病変については,我々の扁桃核を検討できた239例(扁桃核GFAあり112例,AGD40例を含む)の観察で,AGDは扁桃核GFAを有す例にのみ観察され(35.7%),GFA増加と並行してAGDの頻度重症度は上昇していた.このため扁桃核GFAは嗜銀顆粒の先行病変と考えられた[4].AGDに関係する精神症状の病理基盤については更に検討が必要である.1) Nagao S. Eur Arch Psy Clin Neurosci 2014;264:317, 2) Ikeda C. Brain Pathol 2016;26:488, 3) Miki T. Brain Pathol 2020;30:811, 4) Yokota O. Free Neuropathol 2022;3:18
7月8日(土) 8:30-10:30 Room F
3SY③-6
内因性精神疾患の神経病理学的背景
Neuropathological backgrounds of endogenous psychiatric disease

鳥居 洋太1,2, 笹田 和見2, 入谷 修司1,2,3
1. 名古屋大学大学院 医学系研究科 精神医学分野, 2. もりやま総合心療病院 精神科, 3. 桶狭間病院藤田こころケアセンター 附属脳研究所
Youta Torii1,2, Kazumi Sasada2, Shuji Iritani1,2,3
1. Department of Psychiatry, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan, 2. Department of Psychiatry, Moriyama General Mental Hospital, 3. Brain Research Institute, Okehazama Hospital Fujita Kokoro Care Center

 統合失調症などのいわゆる内因性精神疾患の神経病理学的研究の歴史は古く、A. AlzheimerやE. Kreapelinらによって100年以前より精力的になされてきた。一時は「統合失調症に脳病理所見はない」と結論づけされ、「統合失調症は病理学的研究の墓場」と揶揄されるようになったが、その後も内因性精神疾患の研究は、連綿と続けられ、病態解明に寄与する報告がなされている。統合失調症の脳病理所見としては、神経変性疾患とは異なり、グリオーシスを欠き、特異的な異常タンパク沈着を認めない。変化は微細であり、大脳皮質や脳室の容積変化、神経細胞密度や神経突起、突起棘の形態変化などが統計学的に解析してはじめて有意差が見出されるレベルである。このようなグリオーシスを欠いた微細な構造の変化は発達に伴って起こると推量され、統合失調症の神経発達障害仮説などを支持する重要な所見と考えられている。一方で、疾患リスク遺伝子の多くが神経ネットワークの形成や成熟にかかわっている事実や、神経画像で経時的な形態学的変化がみられることが報告されるようになり、再度脳組織上での表現型を検証することが必要となっている。そのなかで、ゲノム研究の成果によって、統合失調症や双極性障害、自閉スペクトラム症などの発症に関与が大きい稀なゲノム変異が見いだされている。このような稀なゲノム変異が脳組織上の表現型に与える影響は大きいと考えられ、稀なゲノム変異を有する精神疾患に着目して神経病理学的に観察を行い、遺伝学的な情報も加味することによって、より疾患特異的な神経病理学的所見を見出すことが可能と考えられる。