神経化学トピックス

神経化学のトピックを一般の方にもわかりやすくご紹介します。
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15. 中枢神経回路の再生を促す生体反応:血管新生
   村松里衣子、山下俊英(大阪大学 大学院医学系研究科 分子神経科学)
Muramatsu R, Takahashi C, Miyake S, Fujimura H, Mochizuki H, & Yamashita T.: Angiogenesis induced by CNS inflammation promotes neuronal remodeling through vessel-derived prostacyclin. Nat. Med. doi:10.1038/nm.2943

DOI 10.11481/topics15
登録日:2017年2月9日

 傷害された中枢神経回路も、多くの場合は自然に再生する。しかし、神経回路がなぜ自然に再生するか、そのメカニズムは分かっていない。一方、血管新生は中枢神経疾患の主要な特徴であり、それは病変の炎症反応を持続させたり、あるいは組織を修復させると考えられている。私たちは、中枢神経炎症により破壊された中枢神経回路の再生に対する血管新生の役割を解明することを試み、新生血管が産生するプロスタサイクリン(プロスタグランジンI2, PGI2)が神経回路の再生を導くことを見出した(図1)1
 
 私たちは胸髄に限局して脳脊髄炎を起こすマウスを作成した。このマウスでは、四肢の運動機能を担う皮質脊髄路が脱落し、運動機能の麻痺が生じる。その症状は、時間が経つにつれて回復するが、それは残存する皮質脊髄路が側枝を発芽し、新しい神経回路を構築した結果と考えられていた2。私たちは、病巣での皮質脊髄路の側枝形成と血管新生の経時的に観察し、血管新生の後に皮質脊髄路が側枝を形成することを発見した(図2)。このことから、血管が神経突起の伸長を促進すると考え、続いて血管内皮細胞と大脳皮質神経細胞の共培養実験を行った。その結果、血管が産生するプロスタサイクリンが皮質脊髄路のIP受容体に結合することが、神経突起の伸長に重要だった。脳脊髄炎後の軸索側枝形成におけるIP受容体の関与を検証するため、IP受容体の発現を制御したマウスを作成した。皮質脊髄路のIP受容体の働きを弱めた脳脊髄炎マウスでは、皮質脊髄路の自発的な側枝形成が阻害され、時間経過に伴う運動機能の改善も遅延した。また、IP受容体作動剤を処置したマウスでは、形成する側枝の数が増え、運動機能の改善も速まった。これらの結果から、脳脊髄炎によって形成する新生血管に由来するプロスタサイクリンが皮質脊髄路の側枝形成を促すことが明らかになった。今回の研究成果は、中枢神経回路が自然に再生するメカニズムを世界に先駆けて発見したものであるとともに、プロスタサイクリンが多発性硬化症の治療に有望であることを示したものである。

参考文献
1) Muramatsu, R., et al,: Nat. Med. doi:10.1038/nm.2943
2) Kerschensteiner, M., et al: J. Exp. Med., 200, 1027-1038 (2004).


図1:新生血管が産生するプロスタサイクリンが、神経細胞に働きかけ、軸索の再生を促す。
図2:本研究では、マウスに胸髄限局性脳脊髄炎を誘導した。ここでは、脳脊髄炎誘導後の血管新生と軸索再生の時間変化を模式的に示している。炎症部位の近傍ではまず血管新生が生じ、その後に皮質脊髄路から側枝が形成される。形成した側枝は新しい神経回路を構築することで、脳脊髄炎によって失われた神経機能を改善させる。

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