神経化学トピックス

神経化学のトピックを一般の方にもわかりやすくご紹介します。
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43. 皮膚マクロファージによる痛覚感度の調節
  田中達英、和中明生
  奈良県立医科大学 医学部 解剖学第2講座

DOI  10.11481/topics194

掲載日:2023年8月21日  登録日:2023年8月21日

はじめに

末梢組織に加わる侵害刺激は一次求心性神経で受容され、電気信号に変換されたのち、脊髄を経て脳に伝達されます。近年の細胞解析技術や遺伝子改変動物を駆使することで、末梢のセンシング機構に関する理解が飛躍的に進展しています。痛み研究はこれまで痛覚伝導路に着目した解析が主流でしたが、近年、神経細胞と空間的に近接する非神経細胞、特にグリア細胞が組織の炎症、神経系の障害に伴う慢性疼痛の発症と維持に重要な役割をもつことが数多く報告されています。一方で、末梢組織において正常時の痛覚に非神経細胞がどのように関わっているかほとんど分かっていませんでした。

マクロファージのSNX25は痛覚を制御する

痛覚鈍麻の表現型を示すBACトランスジェニック(TG)マウスを別の研究過程で見つけたことをきっかけとして、皮膚に存在する非神経細胞が痛覚を制御する機構の解明に挑みました。このTGマウスは、炎症性疼痛モデルや神経障害性疼痛モデルに加えて、興味深いことに正常時の機械刺激に対する反応も減弱していました。正常時の痛覚を制御する分子基盤を明らかにすることを目的として、TGマウスのゲノム解析を行ない、細胞内輸送に関わるsorting nexin (SNX)ファミリーの一つ、SNX25の発現制御が損なわれていることを見出しました。図1SNXファミリーの中には神経障害性疼痛において機能するものも報告されていますが、SNX25に関する報告は少なくその機能は不明な点が多くありました。そこで、SNX25 KOマウスの痛覚を調べたところ、炎症性疼痛モデルや神経障害性疼痛モデルに加えて正常時における機械刺激に対しても鈍麻の表現型を示しました(図1)。この結果を受けて、まずSNX25 KOによる痛覚鈍麻の原因として一次求心性神経の機能が落ちているのではないかと考え、DRGニューロン特異的にSNX25をKOしたcKOマウスを作製して痛覚を評価しましたが、予想に反して異常はみられませんでした。次に末梢神経にassociateするCX3CR1 hiの真皮マクロファージに着目し、タモキシフェン依存的にCX3CR1+マクロファージでSNX25をKOしたcKOマウス(Snx25Cx3cr1-cKO)を作製して痛み行動を調べたところ、鈍麻の表現型を示すことが分かりました。CX3CR1は中枢神経系のミクログリアにも発現し疼痛発生に重要な細胞であることが知られていますのでこの可能性を排除する目的で、Snx25Cx3cr1-cKOマウスの骨髄を野生型マウスに移植した後(ミクログリアは胎生期の卵黄嚢由来で骨髄移植では置換されない)に痛覚を評価したところ、機械刺激に対してやはり鈍麻になることから、ミクログリアではなく骨髄由来マクロファージのSNX25が痛覚制御に重要であることが分かりました。

SNX25はNGFの産生を制御する

痛覚を制御する様々な因子を調べたところ、SNX25 KOマウスではマクロファージで神経成長因子NGF発現が減弱することを見出しました。NGFとその受容体TrkAは複合体を形成して坐骨神経内を逆行性に後根神経節(DRG)まで輸送され、TRPV1やNaチャネルの発現が遺伝子レベルで制御されることが報告されていますが、SNX25 KOマウスのDRGではこれらの発現が低下していることも分かりました。つまり、SNX25 KOマウスでは、末梢のマクロファージでのNGF発現が低下することで、逆行性輸送が減弱しDRGにおける疼痛関連遺伝子の発現が低下した結果、痛覚鈍麻になることが示唆されました。SNX25によるNGF発現調節機序を解析したところ、SNX25はNGF遺伝子の転写に働く転写因子Nuclear factor-erythroid 2-related factor 2(Nrf2)のユビキチン化とそれに続く分解を抑制している事を見出しました。これによりSNX25は組織NGF含量を一定の割合に保つ働きがあると考えられます。

おわりに

マクロファージが損傷時や感染時において、疼痛の惹起に関与することはこれまで知られていましたが1、正常時でもマクロファージはSNX25を介してNGFの局所的な濃度を調整することで末梢神経の痛覚閾値を設定していることが明らかとなりました2(図2)。末梢神経とマクロファージは共に外界からの侵害刺激に対しての最前線の防御機構として機能していますが、これまで不明な点が多かった正常時における痛覚において神経とマクロファージが協調して働くメカニズムを明らかにしました。今後さらに研究を進めることで、痛みを抑える新たな薬物の開発にもつながることが期待されます。

 図2

【参考文献】

1. Basbaum AI, Bautista DM, Scherrer G, Julius D. Cellular and molecular mechanisms of pain. Cell. 139: 267-84, 2009. doi: 10.1016/j.cell.2009.09.028.

2. Tanaka T, Okuda H, Isonishi A, Terada Y, Kitabatake M, Shinjo T, Nishimura K, Takemura S, Furue H, Ito T, Tatsumi K, Wanaka A. Dermal macrophages set pain sensitivity by modulating the amount of tissue NGF through an SNX25–Nrf2 pathway. Nat. Immunol. 24: 439-451, 2023. doi: 10.1038/s41590-022-01418-5

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