神経化学トピックス

神経化学のトピックを一般の方にもわかりやすくご紹介します。
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40. 視床網様核のパルブアルブミン陽性細胞の機能不全は欠神発作を引き起こす
  田中謙二
  慶應義塾大学医学部精神神経科学教室
DOI  10.11481/topics164
掲載日:2022年5月27日  登録日:2022年5月27日
はじめに
欠神発作はspike and wave discharge(SWD)と呼ばれる特徴的な脳波に加え、発作時に脱力と意識消失が起こる全般発作の一つです。欠神発作では大脳皮質−視床−大脳皮質回路の異常が原因で生じると考えられています。大脳皮質と視床をから入力を受け、視床を常に抑制している神経核が視床網様核です。視床網様核が正常な皮質リズムの形成に重要な役割を担っていることが明らかになっていますが、視床網様核の機能障害がてんかんの原因になっているという因果を示した報告はありませんでした。
 
抑制性オプシンを発現させたマウスにSWDが見られた
私達のラボは、テトラサイクリン依存的遺伝子発現誘導システム(いわゆるTet-Off system)を用いたマウスレパートリーを数多く樹立してきました。PV-tTA(パルブアルブミンプロモーターでtTAを発現するマウス)とtetO-ArchT-GFP(tTA存在下で抑制性オプシンArchTを発現するマウス)を組みあわせたPV-tTA::tetO-ArchT-GFP(以下、PV-ArchT)マウスの脳波を測定してみたところ、SWDが頻回に見られることに偶然気付きました1(図1)。
ArchTは、光を照射することで、細胞を過分極させるオプシン蛋白ですが、このマウスでは、光照射なしで、つまりArchTを発現させるだけで脳波異常が見られたのです。ArchTを発現させても殆どの細胞では問題ありませんが、オリゴデンドロサイトにArchTを発現させた際にミエリン形成不全を招いた経験があり2、注意が必要です。


1 視床網様核のパルブアルブミン陽性細胞の機能不全は欠神発作を引き起こす


視床網様核の機能異常が原因
PV-ArchTマウスは、視床網様核以外にも、小脳などでArchTが発現します。そこで、視床網様核だけでArchTを発現させる実験を行いました。PV-Creマウスの視床網様核にAAV-DIO-ArchT-GFPを局所注入し、Cre依存的にArchTを発現させました。この条件でもSWDが生じます。では視床網様核PV陽性細胞にどのような異常が見られるのでしょうか。スライス生理学により、当該神経細胞にArchTが発現すると、リバウンドバースト発火とT型カルシウムチャネル電流を障害することがわかりました。
 
原因を除いたら欠神発作が消失する
最後に、テトラサイクリンアナログのドキシサイクリンの投与により、ひとたび発現したArchTを除去する実験を行いました。ArchT発現によって誘導されていた欠神発作様の表現型が、ArchTの除去によって消失することを示しました。この結果は、多くの小児欠神発作が自然に退行する理由のヒントになると思われました。というのも、既存の欠神発作モデルマウスは、一度発症すると治らず、この自然消退をモデルできていませんでした。発症後に病気の原因を除けば治るんだということをシンプルに実証したとも言えます。
 
最後に
ヒト欠神発作と同じく、このモデルマウスも脱力と意識消失が起こります。なぜSWDが出ている間に意識を失うのかは突き詰められませんでしたが、「意識とは何か」を考える良いモデルになればと思います。
<参考文献>
  1. Abdelaal MS, Midorikawa M, Suzuki T, Kobayashi K, Takata N, Miyata M, Tanaka KF. Dysfunction of parvalbumin-expressing cells in the thalamic reticular nucleus induces cortical spike-and-wave discharges and an  unconscious state. Brain Commun, 4, fcac010 (2022). doi:10.1093/braincomms/fcac010. 
  2. Yamazaki Y, Abe Y, Shibata S, Shindo T, Fujii S, Ikenaka K, Tanaka KF. Region- and Cell Type-Specific Facilitation of Synaptic Function at Destination  Synapses Induced by Oligodendrocyte Depolarization. J Neurosci, 39, 4036–4050 (2019). doi: 10.1523/JNEUROSCI.1619-18.2019.

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