特別寄稿

会員からの特別寄稿を掲載しております。
※なお、目次記載の所属は執筆当時の所属となっております。
神経化学 海外だより ~独立篇~
    多様性に富んだリサーチライフ

Department of Psychiatry and Behavioral Neurobiology, 
The University of Alabama at Birmingham Heersink School of Medicine, USA
丹羽美苗
 
はじめに
2019年1月に米国アラバマ大学バーミングハム校(UAB; 写真1)にラボを立ち上げてから、まもなく丸3年が経とうとしています。渡米当初は、まさか自分がアメリカでラボを主宰するとは夢にも思っておりませんでした。また、アメリカの生活の中で、十二支が一巡したことにも驚いています。この度、神経化学の紙面をお借りして、アメリカで暮らす子持ち女性研究者の視点から、アメリカでの研究生活、アカデミアでの就職活動、ラボの運営などについて書かせていただきます。
 
アメリカでの研究
様々な人種や国籍、バックグラウンドを持つ人々が共存する多様性が認められるアメリカ社会。渡米当初は、自分の中の「普通」や「当たり前」という感覚がなくなっていくのを実感しました。科学の世界では、周りと同じことを繰り返しても、ブレイクスルーは得られません。時には思い切って王道を逸脱し、既成概念を打ち破ることが大切です。
なぜこの研究をするのか。これまでに何がわかっていて、これから何を明らかにしないといけないのか。この研究成果は、人々にどのように役立つのか。この研究では、どのような概念や実験手法が革新的なのか。実験計画は、論理的根拠に基づき、実現可能か。計画の落とし穴は何か。予想通りの結果が得られない場合の代替案は何か。得られた結果に基づいて、今後どのように研究を展開させていくのか。
科学者は、ただ闇雲に実験をしてデータを蓄積するのではなく、上記のような疑問を持ち、知的好奇心を持って自分の頭で考え抜いて、研究を進めていく必要があると思います。私にとって、多様な文化を持つアメリカの研究環境は、そのような研究への取り組み方を学べる場所でした。
インターネットが普及して、どこにいても最新の情報が得られるようになったため、海外で研究することにあまり魅力を感じない若手研究者が増えていると聞きます。私たちは同じルールのもとで研究をしていますが、国によって研究システムは異なります。私自身は、異なるシステムを理解し、グローバルな視野を広げ、言葉や文化の異なる環境で柔軟に研究を行うことが、研究者として成長するために重要だと考えています。これはあくまでも私の考え方です。キャリアパスについても、様々な考え方があります。どのキャリアパスが正しいのか間違っているのかはわかりません。自分の選んだ道を切り開いていけばいいのではないでしょうか。
 
研究と子育て
私はポスドク時代に初めての妊娠・出産を経験しました。夫婦の生活スタイルは大きく変わりました。研究のための時間をいかに確保するかは、現在も含めて長年の課題です。デイケアやアフタースクール、キッズキャンプなどのサポートを最大限に活用したり、家事の負担を減らすために文明の利器を導入しています。ポスドク時代から、週末は午前と午後の夫婦交代制で、どちらかが仕事をして、もう一方が子供の世話をするというスタイルを続けています。それでも、独身時代に比べて働く時間は短くなっていますので、優先順位をつけて仕事をしています。
私たち研究者は、仕事の都合上、子供の学校行事にすべて参加することはとても難しいです。その代わりに、シニア研究者の「できる限り学校に寄付するのよ(研究者の給料は安いけどね!)。」というお言葉を胸に、機会があれば寄付をして、先生やクラスメイトの親御さんに感謝の気持ちを伝えています。例えば、小学校では、世界の祝日の祝い方を学ぶ授業があります。アメリカは移民の国ですから、担任の先生は様々な国出身の親御さんに直接電子メールを送って、「あなたの母国の祝日の祝い方をクラスで教えてくれませんか。」とお願いします。非常に活発なボランティア活動を行っているコミュニティですので、多くの親御さんがクラスを訪れ教えてくださいます。私たちはというと、グラントの申請書とにらめっこする時期です。学校訪問は丁重にお断りし、代わりに祝日の祝い方のスライドショーを作り、先生とクラスメイト全員に折り紙とお菓子を用意しました。このように、公私のバランスを取りながら、自転車操業のようにラボを運営しています。
家族旅行もほとんどしない生活スタイルですので、コロナ禍以前は、夫婦で学会に参加する際は、子供を連れて行き、学会会場のデイケアに預けていました。子供をストローラーに乗せたまま、ポスター発表をしたこともありました。男女問わず多くの研究者がそうしていましたので、特に目立ったことはありませんでした。学会によっては、学会期間中のデイケア代をサポートしてくださる制度があり、子育て世代の研究者にとってはとても助かります。
また、妊娠・出産により研究活動に支障をきたすことを考慮して、さまざまな制度が設けられています。本稿では、私が利用した3つの制度をご紹介いたします。一つ目は、NIHのEarly Stage Investigator Status (ESI: 学位取得後10年以内の研究者のステータス) を、子供一人の出産または養子縁組に対して12か月間延長できるというESI Extension制度です。この制度のメリットは、ESI向けのグラント申請時期を延長することができること、R01グラントなどの審査時にESIが考慮される(ESIは経験や業績等が少ないために、シニアよりも若干ファンドされやすくなる)期間が延長される、などです。私の場合、妊娠後にESI向けのグラントには採択されたことはなく、ESI関係なくR01が助成されましたので、結果的にこの制度による直接的な効果はありませんでした。とはいえ、ESIの期間が延長されたことは、私にとって精神的な救いとなりました。二つ目は、NIH Research Independent Project Grant Award の初回受領者が、プロジェクト期間中に出産または養子縁組をした場合に支給される助成金です。私の場合、最初のR01獲得後に出産したため、このサプリメントグラントに申請することができ、ありがたいことに採択され支援をいただきました。私の申請の目的は、出産・育児で研究活動が停滞している中、ラボメンバーを一人増してプロジェクトを推進し、次のグラントの獲得につなげることでした。NIH関連の制度は随時更新されていますので、最新情報は各インストラクションをご参照ください。三つ目は、所属大学の休暇寄付制度です。アメリカは、産前産後休暇、育児休暇に関しては後進国であり、制度を改革する必要があると感じています。私はUABに勤めて1年未満での出産だったため、制度上は産後休暇を取ることができませんでした。しかしながら、休暇寄付制度を利用して、出産日から8週間の休暇をいただきました。私の同僚ファカルティの多くは、休暇を使い切れないと言って、快く寄付してくださいました。私は妊娠中に大きな問題もなく、出産当日まで働くことができ、この寄付制度を利用できたことにとても感謝しています。また、生後8週の子供を、すぐにキャンパス近くのデイケアに預けることができたので、スムーズに仕事に復帰できたことも有難かったです。
研究生活は良いことばかりではありません。実験が失敗したり、論文がリジェクトされたり、グラントが獲得できなかったりすることもあります(私の場合はたくさんあります。精進いたします。。。)。そんな日々が続いても、子供の元気な笑い声を聞くと、また頑張ろうという気持ちになります。親の背を見て子は育つ。このことわざを信じて、悩みながらも前に進んでいきたいと思います。
 
アメリカのアカデミアにおける就職活動
以前、米国のアカデミアでの就職活動について、採用される側の視点でレポートしましたので、今回は採用する側の視点でレポートしたいと思います1)
ここ2年間、Faculty search committee memberとしての活動に関わり、採用する側の選考基準もわかってきました。書類選考の段階では、カバーレター、履歴書、これまでの研究概要、今後の研究計画、教育理念、ダイバーシティに対する考え方など、紙面で明確に自己アピールする必要があります。若干名のファカルティポジションに何百もの応募がありますので、応募書類の質が非常に重要になります。研究成果が一流誌に掲載されていること、グラントやフェローシップを獲得していること、この二点が最低条件のようです。では、その二つの条件を満たしていない場合はどうすればよいのでしょうか。一流誌に研究成果が掲載される可能性が高いこと、将来的にグラント獲得につながる可能性のある研究アイデアを持っていること、最先端の実験技術とその技術を共有した実績があること、応募先のDepartmentの研究内容にあっていること、などが挙げられるでしょう。要するに、「良い研究をしろ」「金をとってこい」「コラボレーターとしてやりやすい研究者であれ」ということでしょう。プレゼンテーションの際にも、審査員たちは「この候補者は、グラントを獲得できる(=お金になる)良い研究をするだろうか。私たちのDepartmentの発展に貢献するだろうか。」などと思いながら話を聞いています。
最高峰の施設だけに応募して難なくポジションを獲得する超人的な研究者もいらっしゃいますが、私のような凡人には選り好みをしている暇はなく、自分の研究に少しでもフィットすると思ったら、どんどん応募し続けるしかありません。特に、一流誌に掲載される可能性やグラントを獲得できる可能性が高いときには、できるだけ早い段階で就職活動を始めることをお勧めします。私の場合、非常に時間とストレスのかかる就職活動でしたが、振り返ってみると、研究者として成長するための素晴らしい機会となったように思います。最終的には、採用される側とする側の意向が一致し、ご縁があるかということではないでしょうか。
 
コロナ禍でのラボ運営
経験の浅いPIとしては、シニアファカルティにアドバイスを求める機会があります。独立してからの数年間が非常に重要であるという話の中で、雪だるまの作り方を例に挙げられました。まず、しっかりとした硬いきれいな丸ボールを作ることが大切です。転がり始めると、雪だるまは面白いように大きくなっていきますので、最初が肝心なのです。現在の私は、硬くてきれいな丸ボールを作るのに苦労しています。いつになったら上手く転がり始めるのだろうかと、日々不安でいっぱいです。その一方で、大きくてきれいな雪だるまを作れる日を楽しみにしております。前述のラボ紹介記事1)で、コロナ禍前のラボセットアップについてレポートしましたので、本稿ではコロナ禍でのラボ運営に焦点をあてます。
2019年は、私の人生において大きな出来事が重なった年でした。独立してラボを立ち上げ、初めてのR01を獲得し、妊娠・出産をした年でした。ようやくラボのセットアップが落ち着いてきて、軌道に乗せようとしていた矢先、新型コロナウィルス感染のニュースが入ってきました。最初は、中国での出来事で、インフルエンザと同じ感覚で考えていましたので、あまり気にしていませんでした。母国である日本に影響が及ばないことを祈っていました。電子メールでは、「コロナビールを飲んで乗り切ろう」という冗談を書いていました。それがあっという間に世界中に感染が広がり、2020年3月からはパンデミックに突入し、現在でも深刻な問題になっています。
2020年3月17日から、UABはLimited business modelとなり、ラボは基本的に約3ヵ月シャットダウンしました。ポスドクがマウスコロニーを維持する程度で、私たちの研究は完全に停滞しました。1歩進んで10歩下がるような感覚でした。3月中旬から小学校・デイケアは閉鎖し、自宅でのリモートワークと育児の両立生活がはじまりました。最初の1-2週間は、どうやって仕事の時間を確保するのか、試行錯誤を繰り返しました。最終的にたどり着いたのは、それまでの週末のワークスタイルでした。夫婦で午前と午後のシフトを組み、ラボのグループミーティングやラボメンバーとの個別ミーティングはすべてオンライン形式で行い (写真2)、時には子供を抱っこしながら仕事をしました。やるべきことはたくさんあるのにも関わらず、思うように仕事がはかどらないことに焦りを感じていました。同時に、長引くリモートワークで、ラボメンバーの精神状態が心配になりました。4月上旬には、各メンバーの自宅にチョコレートを送り、元気づけました。6月になるとデイケアが再開され、夏休みに突入していた小学生はサマーキャンプに参加するようになりました。育児の負担が軽減され、それ以降は夫婦で交互に1日おきにラボに通うようになりました。UABはPhase 1からPhase5の段階を経て、徐々にファカルティやスタッフがキャンパスに戻るようにアレンジされました。2021年6月には、ラボメンバーが集まり、屋外でラボ食事会をすることができるようになりました(写真3)。室内では未だマスク着用が必要で、色々制約があるものの、徐々にコロナ禍以前の研究生活に戻っていきました。コロナ禍の影響はまだ残っており、実験装置・試薬の発注や新規ラボメンバーの採用には苦労しています。
COVID-19は、私たちのラボに大きな影響を与えました。今後、どのように軌道修正していくかが課題です。様々な影響を受けていますが、子育て世代の研究者にとっては良いこともありました。会議はすべてオンラインで行われるようになり、子供の体調が悪い時も自宅から国内外の会議に参加できました。また、Virtualで開催される学会やワークショップ等が増え、オフィスや自宅から参加できました。今後も、オンラインを利用したハイブリット型の学会開催を継続してほしいと切に願っています。
 
Niwa lab 
Niwa Labでは、脳の発達・機能ならびに恒常性維持における内分泌-神経系メカニズムの解明に焦点をあてて研究を行っています。私たちの身体では、神経系、内分泌系、免疫系が生体機能を巧みに制御することで、恒常性を動的に維持しています。精神疾患では、脳の発達過程において、こうした制御系へのストレス負荷が、従来備わっていた遺伝・環境素因と相まって、恒常性の維持機構を変容・破綻させ、成人初期に疾患を引き起こすと考えられます。しかしながら、その詳細なメカニズムは未だ不明であります。私たちは、細胞レベルから内分泌-脳神経サーキット、行動レベルに至るまで統合的な解析を進め、ストレス関連精神疾患の病因・病態生理の解明および将来的な予防・診断・治療方法の開発に貢献することを目指しています。
私は学振PD、海外学振、さきがけ、NIH K99キャリアデベロプメントグラント、NIH R21、NIH R01等に採択された経験があります。日米でのグラント獲得方法や、PIになるためのキャリアデベロプメントについて、具体的なアドバイスができると思います。
Birminghamは、Atlantaから車で2-3時間の場所にあるアメリカ南東部に位置する街です。アメリカの他の大都市に比べて、住宅費が格段に安いので、比較的ゆとりのある生活ができます。
UABでは神経科学系の研究が活発に行われています。私たちの研究に興味があり、設備、共同研究、生活など恵まれた環境の中で、海外での研究に挑戦したいという高いモチベーションをお持ちの方は、ぜひ一緒に研究しましょう!どうぞお気軽にご連絡ください (mniwa@uabmc.edu)。
 
おわりに
海外在住子持ち女性研究者として、経験談を含めて、輝かしい未来ある若い研究者の皆さんへのメッセージを書かせていただきました。多くの先輩研究者から多面的なアドバイスをいただきながら、常識にとらわれない自分だけのオーダーメードの研究スタイルを築いてください。どうすれば自分の履歴書を輝かせることができるかを考えながら、研究を楽しむことができれば幸せだと思います。
最後になりましたが、本稿に執筆の機会を与えてくださいました竹林浩秀先生に感謝申し上げます。この場をお借りして、長年にわたりご指導いただきました鍋島俊隆先生、澤明先生に深謝申し上げます。また、いつも私を支えてくれる夫と子供たち、日本の家族に感謝しております。 
 
1) 丹羽美苗、Lab Report 海外ラボ独立篇、実験医学、38, 646-648, 2020
写真1: Birminghamのダウンタウンに位置するUAB。2019年、米国Young Universityでトップにランキングされた急成長中の大学です。
 
写真2: オンライン形式でのラボミーティング。黄色の枠で囲まれているのが筆者。
 
写真3: コロナ禍以降初のラボ食事会。Birminghamは、“Southern hospitality”にあふれ、グルメな街としても有名です。左から3番目が筆者。