理事長便り No.18
2019年1月11日 09時00分日本神経化学会
会員 各位
明けましておめでとうございます。2019年が始まりました。会員の皆さまにとりまして良き一年となりますよう心よりお祈り申し上げます。
おかげさまで日本神経化学会は、会員の皆さまのご尽力の賜物としてこれまで成長を遂げて参りました。本会の目指すところは、神経化学研究を通して世界の人々の健康やしあわせに貢献することです。そのために皆さまの研究環境が少しでも良くなるよう、また皆さまの本会に対する満足度が少しでも高くなるよう、これからも心がけていきたいと考えております。本会は常に、改革を通した発展を目指しています。今週末から理事選出投票が行われ3月からは新しい理事会がスタートしますが、引き続き会員の皆さまにおかれましてはご指導のほどをどうぞよろしくお願い申し上げます。
本会のことを少し離れますが、昨年末私の所属する研究所で、「現代生命科学の終焉と再興」というテーマで職種、年齢を問わず広く意見を交換する場を持ちました。これから書きますことは亥年はじめの妄想話としてお付き合いください。
その昔、プトレマイオスが2世紀に体系化してから天動説は、コペルニクスやガリレオ、ケプラー達が登場するまで、1000年以上にわたり世の中の常識的考えでした。この時代に生きた人々は、よもや地球が動いているとは気も付かなかったかもしれません。しかし、近世に入りその体系、あるいはその体系から生み出される世界の価値観はがらりと姿を変えることになりました。天文学に関わる人々にとっては黒船の襲来どころではなかったかもしれません。
私たちが今行っている生命科学も実は天動説のような運命をたどることはないだろうかということを議論しました。
今の生命科学は理論体系を持っているように見えて、実は複雑系を説明する理論体系そのものを持っておりません。人間は複雑系の代表的な存在かと思います。人間や生命を説明するためにこのままで良いことはありません。では現代の生命科学はやがて複雑系なら複雑系を解き明かす理論体系を持つまでに成長するでしょうか? あるいはまったく別次元のところから新しい理論体系を持った生命科学が興ってくるのでしょうか? 例えば我々がネアンデルタール人とすると、ホモサピエンスに当たる人々が新しい生命科学をひっさげて現れるでしょうか? 現れるとするといつどのようにして現れるのでしょうか。
そういうことを議論したわけです。もちろん結論は出ませんし、夢物語のような話で終わったわけですが、キーになるのは、数学や工学、あるいは量子力学のような物理学ではないかという話になりました。それに加えて、文系的価値観、さらに東洋と西洋を分けた場合、東洋的価値観も取り入れる必要があるというところまで話が進みました。いずれにせよその道の専門家が、生命科学に興味を示してくだされば良いですが、そうとは限らないだろうという話にもなりました。では、誰が変革をもたらすのでしょうか?
eスポーツという言葉があります。eスポーツがまさかオリンピックの正式種目になるかもしれないというところまで価値観を持つとは想像もしていなかった人が多いのではないでしょうか。まったく異なる次元でのゲーム感覚が、今やスポーツの一つとしても考えられるようになってきています。生命科学に変革がもたらされるとすると、数学や工学や量子力学であれ、ゲーム感覚として捉える人々ではないか、つまりゲーマー、あるいはオタクと言ったら失礼になるかもしれませんが、そのような人たちではないかという話になりました。eバイオというわけです。従来のバイオに加えてeバイオとの融合が、新しいものを生み出すのではないかという話になったわけです。
さて、現代生命科学は、評価軸で言いますと長短は得意としますが、高低で表される事象に対しては少し弱いかもしれません。例えば、健康長寿という言葉があります。「長」という漢字が使われているように、長いか短いかが尺度になります。でも中には、私自身は短くても構わないという人も居られるかもしれません。個人の人生観になりますので、短くても太くてしあわせであれば良いという人に対して、それは間違った考えだという指摘はそぐわないかもしれません。理事長便りNo.13で、しあわせをテーマにした研究のことを書きましたが、しあわせは、長いか短いかでなく、程度が高いか低いかという言い回しになります。つまり、高低が尺度になります。
このように考えますと、これからの生命科学は少なくともこれまでの長短に加えて高低も目的に要求されるようになるのではないかと思えます。しあわせとは何かを問題にし始めますと、理系の考えだけでは片付きません。文系的な価値観も入れて初めて捉えていけるようになるのではないでしょうか。
妄想話が尽きませんが、まったく別次元の生命科学が興るとしたら、文理融合ではありませんが、異なる複数の価値体系を融合した、異なるゲーム感覚を持った社会(集団)から出てくるような気がします。
寒さ厳しい日が続きますが、会員の皆さまにおかれましては、くれぐれもご自愛ください。
2019年1月8日
理事長
和田圭司