神経化学トピックス

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44. 軸索起始部に局在するContactin-1はaxo-axonic synapseの形成を誘導する
  小川優樹
  ベイラー医科大学

DOI  10.11481/topics206

掲載日:2024年2月21日  登録日:2024年2月21日

はじめに

私達ヒトの脳内には数億ものニューロンが存在します。ニューロン同士が複雑なネットワークを形成することで、言語・記憶・注意・思考などの高次脳機能を可能にしています。ニューロンには、興奮性ニューロンと抑制性ニューロンが存在します。興奮性ニューロン同士の接続を考えた場合、まずニューロンは樹状突起のシナプスで他のニューロンからのシグナルを受け取ります。複数のニューロンから受け取ったシグナルは受動的に細胞膜へ広がると同時に加算されていき、最終的に軸索起始部に到達します。軸索起始部にはナトリウムチャネルが集積しており、入力シグナルの総量が閾値を超えた場合、ニューロンに活動電位が発生します。このシグナルは軸索上を跳躍伝導することで軸索末端まで効率的に伝わっていき、次のニューロンを刺激しま1(図1)。

図1

一方で抑制性ニューロンは樹状突起や細胞体にシナプスを形成し、入力シグナルの総量を減らす方向に働きます。中でも大脳皮質に存在するシャンデリア細胞と言われるタイプの抑制性ニューロンは、大脳皮質錐体ニューロンの軸索起始部に直接シナプスを形成します(図1)。軸索と軸索起始部の間で作られるこの特殊なシナプスはaxo-axonic synapse (軸索・軸索起始部間シナプス)と呼ばれ、シャンデリア細胞は活動電位の発生をより直接的に抑制することで高次脳機能に関与すると考えられています。実際にシャンデリア細胞の機能障害は、てんかん・自閉症・統合失調症などの疾患と関連することが報告されていま2。一方で、どのような分子メカニズムによりこの特殊なシナプスが形成されるかは十分に解明されていないため、疾患との関連性も限定的にしか検証されていません。そこで本研究では、軸索・軸索起始部間シナプス形成に関わる分子機構の解明および機能的解析を行いました3

1. 抗体依存的近位依存性ビオチン化法を用いた、軸索起始部膜タンパク質の網羅的解析

シャンデリア細胞の軸索は、錐体ニューロンの軸索起始部に対して優先的に投射することが知られています4。そのため受け手である錐体ニューロンの軸索起始部には、軸索・軸索起始部間シナプスの形成を誘導するための細胞接着分子が発現していることが想定されました。そこで私達は軸索起始部にどのような細胞接着分子が存在しているか同定実験を行うことにしました。特定の構造に局在するタンパク質を網羅的に解析する手法として、免疫沈降法があります。しかし軸索起始部タンパク質は不溶性が高く、可溶化には高濃度の尿素などを用いる必要があり、タンパク質間相互作用の研究は困難でした。なお私達はこの現象を逆手にとり、不溶性タンパク質を集めることで軸索起始部タンパク質の網羅的解析を試みた研究も行っています5。しかし、不溶性タンパク質は軸索起始部以外にも存在するため、十分な特異性は得られませんでした。そこで着目したのが近位依存性ビオチン化法です。この手法にはBioIDやAPEXなどのビオチン化酵素を用いた方法が知られています(神経化学トピックス37を参照6)。一方で、私達は膜タンパク質に対する特異性を担保するために、抗体依存的な近位依存性ビオチン化法に着目しました7。具体的には、胎仔ラットの海馬からニューロンを初代培養し、その培地中に既知の軸索起始部膜タンパク質(Neurofascin)に対する特異的な抗体とHRPが結合された二次抗体、そしてビオチンテラマイドとH2O2を加えます。すると化学反応によりHRPの周囲にビオチンラジカルが発生し、近傍のタンパク質をビオチン化します。培地に加えた抗体やビオチン化反応は細胞膜を透過しないため、軸索起始部に存在する膜タンパク質の細胞外ドメインが主にビオチン化されます。ビオチンはタンパク質のチロシン残基に共有結合され、可溶化に高濃度の尿素を用いても検出が可能です。ビオチン化タンパク質はストレプトアビジンビーズによって精製し、質量分析によって同定しました。これにより、軸索起始部に局在する膜タンパク質が網羅的に検出されることが想定されました。(図2)。

図2

2. 軸索起始部特異的膜タンパク質の解析

質量分析により同定されたタンパク質には既知の軸索起始部特異的膜タンパク質であるNeurofascin, NrCAM, Caspr2などが含まれていました。一方でNcam1のように、軸索起始部に局在するが、軸索起始部以外にも局在するようなタンパク質も複数含まれていました。軸索・軸索起始部間シナプスの形成に寄与するタンパク質は、軸索起始部に特異的に局在することが想定されるため、得られた候補をさらに選別することにしました。ここでは、アデノ随伴ウイルスベクター(AAV)とCRISPR/Cas9を用いたHiUGE法7によるハイスループットノックインスクリーニングを行いました。より具体的には、同定されたタンパク質26種類に対してC末端にGFPタグなどをノックインすることで局在を可視化しました。その結果、Contactin-1を含む複数の軸索起始部特異的膜タンパク質を新たに同定しました(図3)。

図3

3. Contactin-1の機能解析

同定されたタンパク質の中で、Contactin-1は細胞接着に関わることが複数報告されていたた8、Contactin-1が軸索・軸索起始部間シナプスの形成に寄与している可能性が考えられました。そこで、子宮内電気穿孔法とCRISPR/Cas9を用いて、マウス脳内の錐体ニューロンにおいてContactin-1の発現を抑制する実験を行いました。すると、Contactin-1を欠損した錐体ニューロンでは、軸索・軸索起始部間シナプスの形成が有意に阻害されることが明らかになりました(図4)。

図4

おわりに

本研究では、軸索起始部に局在する膜タンパク質の同定、選別、そして機能解析までを一貫して行ってきました。そしてContactin-1が軸索起始部特異的に局在する膜タンパク質であり、軸索・軸索起始部間シナプスの形成に寄与していることを明らかにしました3。この成果は、シャンデリア細胞の機能障害に伴う、てんかん・自閉症・統合失調症などの疾患のメカニズム解明に寄与するものと期待されます。またこの研究を進める中で、偶然にも中国のグループが同様な手法を用いて軸索起始部の研究をしていることを知りました9。お互いに完全に独立して研究を進めていたため、同時に同じような研究が進んでいたことに驚きました。一方で彼らのグループはScribbleという別のタンパク質に注目して研究を進めていたため、競合することはありませんでした。むしろ共同研究によって、Scribbleに対する遺伝子編集実験を担当しました。途中からは筆頭著者のWei Zhangが中国のラボから私達のRasbandラボに移籍することも決まり、一緒に実験を行いました。さらに偶然にも、以前Rasbandラボの隣の研究室で研究員をしていた学生が、現在はStony Brook UniversityにてScribbleを専門に研究をしていたこともあり、研究が加速しました。最終的に私達2グループの論文はNature Communications誌に同時に投稿し、無事に両方アクセプトされました。この体験を通じて、研究における人の繋がりの重要性を改めて実感しました。

【参考文献】

  1. カンデル神経科学Fifth edition
  2. Gallo et al., Trends Neurosci., 2020 Aug;43(8):565-580. doi: 10.1016/j.tins.2020.05.003.
  3. Ogawa et al., Nat Commun. 2023 Oct 26;14(1):6797. doi: 10.1038/s41467-023-42273-8.
  4. Schneider-Mizell et al., Elife. 2021 Dec 1:10:e73783. doi: 10.7554/eLife.73783.
  5. Torii et al., J Cell Biol. 2020 Feb 3;219(2):e201907048. doi: 10.1083/jcb.201907048.
  6. 髙野、神経化学トピックス37, doi: 10.11481/topics142.
  7. Bar et al., Nat Methods. 2018 Feb;15(2):127-133. doi: 10.1038/nmeth.4533. Epub 2017 Dec 18.
  8. Gao et al., Neuron. 2019 Aug 21;103(4):583-597.e8. doi: 10.1016/j.neuron.2019.05.047. Epub 2019 Jul 1.
  9. Shimoda et al., Cell Adh Migr. 2009 Jan-Mar;3(1):64-70. doi: 10.4161/cam.3.1.7764.
  10. Zhang et al., Nat Commun. 2023 Dec 11;14(1):8201. doi: 10.1038/s41467-023-44015-2.

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