神経化学トピックス

神経化学のトピックを一般の方にもわかりやすくご紹介します。
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2. 大脳皮質ミエリン(髄鞘)形成細胞の起源
  鹿川哲史(熊本大学発生医学研究センター転写制御分野

神経化学トピックス-2

Nakahira et al. (2006) Developmental Biology 291:123-131
大脳皮質ミエリン(髄鞘)形成細胞の起源

DOI 10.11481/topics2
 登録日:2017年2月9日

脳は記憶や学習の中枢であり、思考や感情、行動を司る。この様な脳高次機能は多種多様な脳細胞間の緻密な相互作用に立脚する“回路網”によって実現されている。複雑な脳の構造がどの様なプログラムによって構築されるのか興味深い。近年の細胞培養技術の進歩により、脳内には多種類の脳細胞の元となる共通の前駆細胞いわゆる神経幹細胞が存在することが明らかになり注目されている。確かに、神経幹細胞は好適培養条件下でニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトという脳の主要な三種類の細胞を産生する能力を示すが、実際の生体の脳形成過程においても神経幹細胞が三種類の脳細胞を産生しているのであろうか?以下に紹介する私達の研究結果はこの仮説を否定している。

オリゴデンドロサイトは脳神経系の主要なグリア細胞の一種である。その細胞膜は神経軸索の周囲に幾重にも巻き付き神経情報伝導速度の高速化に機能するミエリン(髄鞘)を形成する。ミエリンが損傷する脱髄疾患では神経間伝達が遮断されるため重篤な神経症状を来し、予後も陰惨なため根治療法開発は急務である。私達の研究グループはミエリン再生の基礎研究として生体内のオリゴデンドロサイト発生起源を解析した。オリゴデンドロサイト前駆細胞は盛んに細胞移動するため、オリゴデンドロサイトが生体脳のどの領域から産生されるのかについて調べる方法が無く、各国の研究者間で意見が分かれていた。そこで、私達はCre-loxP遺伝子相同組み換え技術と、子宮内DNAエレクトロポレーション法を組み合わせた新しい細胞系譜追跡法を確立した。これによってマウス胎仔脳の各部位由来の細胞を時空間的分解能で任意且つ恒久的にマーキングし、細胞移動や細胞系譜を追跡することが可能になった。マウス胎生早期に大脳背側未分化細胞をマーキングすると、生後30日にはオリゴデンドロサイト以外の細胞に分化していた。一方、大脳腹側未分化細胞をマーキングした場合には一部細胞が背側の大脳皮質に移動しオリゴデンドロサイトに分化していた。すなわち、生体の大脳皮質オリゴデンドロサイトの起源は大脳腹側領域であり、ここから細胞移動したことが示唆された。

私達の研究結果は、胎生脳の各領域にはそれぞれほぼ同等の分化能力を持つ神経幹細胞が存在するが、成長因子や細胞間相互作用など各領域に特徴的な細胞外環境によって細胞分化運命が支配されていることを示唆している。脳の高次機能発現には各種脳細胞の種類や数がバランス良く配合されることが必須であり、各種細胞を秩序立てて作り分ける重要なプロセスと想像される。また、本研究は大脳腹側領域の細胞外環境を培養液中で再現すれば幹細胞を効率よくオリゴデンドロサイトに分化誘導できることを意味している。私達はこの視点からも研究を進め、オリゴデンドロサイトの分化調節に関わる新しい細胞外因子を報告した(参考文献1,2)。将来、脱髄疾患治療の基礎研究として役立てていただける日が来れば幸いに思います。なお、本原稿は生理学研究所池中一裕教授の下で当時大学院生の中平英子さんが中心となって行った研究をまとめたものです。ご協力いただいた多数の方々にも心からの敬意と謝意を表します。

参考文献
  1. Shimizu et al., Developmental Biology 282 (2005) 397-410
  2. Abematsu et al., Journal of Neuroscience Research 83 (2006) 731-743
新しい細胞系譜追跡法の説明図
新しい細胞系譜追跡法の説明図

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