東原和成(東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻
神経化学トピックス-3
Sato et al. (2008) Nature 452:1002-1006
昆虫の七回膜貫通型嗅覚受容体はリガンド活性型のチャネルだった
DOI 10.11481/topics3
登録日:2017年2月9日
ヒトなど哺乳類で、匂いや香りを感知する嗅覚受容体は、細胞膜を7回貫通している構造をもつタンパク質で、Gタンパク質を介してセカンドメッセンジャーシグナル経路を活性化することが知られていました。私たちは最近、昆虫の嗅覚受容体は、7回膜貫通型の構造をとっているものの、哺乳類と違い、ヘテロな複合体を形成し、その複合体が、匂いや香りを感知する機能とイオンを透過させて膜電位差を生み出すチャネル機能の両方の機能をもつという、新しい感覚センサーであることを発見しました(文献1)。今回見出したセンサー機能をターゲットにすれば、マラリア蚊などの有害昆虫を撹乱させる薬剤などの開発ができると期待されます。また、昆虫の嗅覚センサーは、細胞内因子やエネルギーを必要としないことがわかったので、この機能を使えば、セルフリーの匂いバイオセンサーの開発も可能と考えられます。さらに、7回膜貫通型の受容体は、創薬の半数近くの標的となっている重要なタンパク質ファミリーであるので、今回のような7回膜貫通型受容体の新規機能の発見は、製薬業界にも大きな影響を与えるでしょう。
私たちは、文献2で、カイコ蛾性フェロモン受容体は「atypical signal transduction」機構をもっていると最後ににおわせるような結論で締めくくっています。つまり、この時点で私たちは,昆虫の匂いやフェロモンの嗅覚受容体は、ほ乳類の嗅覚受容体とは違って、リガンド刺激で直接活性化されるチャネルなのではという仮説をたてて、実験を積み重ねてきました。その後、ロックフェラー大学のVosshall博士の協力を得て、論文発表にいたりました(文献1)。実験的には、Gタンパク質経路の可能性を否定し、outside-outのシングルチャネル記録をとることによって複合体がチャネル活性を生み出していることをしめしました。また、最近、部位特異的変異導入によってイオンの選択性が変わることも確かめており、昆虫嗅覚受容体複合体そのものがリガンド作動性のイオンチャネルであることを実証することができています。
さて、実は私たちの論文(文献1)は、ヨーロッパのBill HanssonのグループとのBack-to-backの論文となっていますが、彼らの結論は私たちの結論と若干異なります。私たちは、Gタンパク質を介さないイオノトロピック型のイオンチャネル活性を見出していますが,彼らはGタンパク質Gsを介したcAMP経路が動き、生じたcAMPによって受容体チャネルが開くと結論しています。私たちもcyclic nucleotideによるチャネル開口活性は検出していますが、リガンド刺激によるcAMPの上昇は検出できていません。彼らの見ているcAMPによって開口するチャネル活性は、時間的にとても遅いことなどを考えると、少なくともprimary conductanceには関わっていないと考えられます。いずれにしても、7回膜貫通型の嗅覚受容体がヘテロな複合体を組んで、そのもの自身がリガンド作動性のチャネルになっているという事実は,新規知見であり、基礎学術的にとても興味深いものです。2008年4月24日の論文掲載号にはNews&Viewとしてとりあげられ、2008年5月30日号のCell誌でもPreviewとしてとりあげられましたのでご興味のあるかたはご参照ください。
- Sato et al. Nature 452, 1002-1006 (2008)
- Nakagawa et al., Science 307, 1638-1642 (2005)
2008/08/25
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