神経化学トピックス

神経化学のトピックを一般の方にもわかりやすくご紹介します。
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4. シナプスタグ仮説の新しい展望
  石川保幸(奈良先端科学技術大学院大学細胞構造学講座)

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神経化学トピックス-4

Ishikawa et al. (2008) Journal of Neuroscience 28:843-849.
シナプスタグ仮説の新しい展望


DOI 10.11481/topics4
登録日:2017年2月9日


みなさんも、小さなころの印象に残るような出来事とそのときの細かい事柄(場所やその印象に残る出来事の前後に何をやっていたかなど)をまとめて覚えていることがあるかと思います。細かな事柄は普段ならすぐに忘れる場合がありますが、この場合かなり長い間しかも鮮明に覚えていることになります。では、なぜ普段ならすぐ忘れてしまうようなことも印象的な事柄を関連あわせると覚えるようになるのでしょうか。1997年、FreyとMorrisは、この現象(後期連関可塑性:late-associativity)を説明できるような画期的な仮説を提唱しました(1)。電気生理学的実験において記憶のモデルと考えられているLTP (長期増強効果)という現象があります。これは高頻度刺激を与えることによって、神経伝達効率が増強するようになる現象で、弱い刺激によって一時間程度しか伝達効率が増強されないLTP(E-LTP)と、より強い刺激によって起こる数時間もしくは数十時間の伝達効率増強が維持されるLTP(L-LTP)があります。詳細な研究からL-LTPは新規のタンパク質合成が関わっていることがわかりました。FreyとMorrisは海馬急性切片における独立2経路刺激実験を用い、さらに強・弱刺激を巧みに組み合わせることによって、前述の記憶の関連について検討しました。すると、どうでしょうか、強刺激前後ある期間内に弱刺激をおこなうと、弱刺激によるE-LTPがL-LTPへと変貌するのです。ここで、前述した印象に残る出来事を強刺激、細かな事柄を弱刺激とすると、見事に一致しているかと思います。彼らは、後期連関可塑性のメカニズムとして強刺激によって新規可塑性タンパク質が合成され、弱刺激を受けたシナプス部位に活動履歴マーカーすなわちシナプス・タグが形成、そのシナプス・タグが形成されたシナプスにて新規合成可塑性タンパク質を捕捉するのであると考えて、一連のメカニズムを『Synaptic Tagging and Capture model:STC model』と呼んでいます(図1)。

現在複数の研究グループでその詳細なメカニズムを調べているのですが、いまだシナプス・タグの実体は不明であります。そうした中、我々は、そのシナプス・タグの実体にせまるような研究を報告いたしました。我々はシナプス可塑性におけるセリンプロテアーゼ・ニューロプシンの機能について研究していました。ニューロプシンは記憶学習に深い関わりのある脳領域、海馬・扁桃体に多く存在しており(2)、このニューロプシンが神経活動依存的に活性化しそのE-LTP増強効果など可塑性調節機能を発揮すると考えられています(3,4)。ニューロプシン欠損マウスではE-LTPには異常が見られるがL-LTPは正常であるということがわかりましたので、後期連関可塑性にどのような影響を与えるかどうかを検討することにしました。すると、ニューロプシン欠損マウスにおいては後期連関可塑性に明らかな障害がありました。これは、ニューロプシンを細胞外から添加することによって回復することが認められ、このことからニューロプシンがシナプス・タグ形成にかかわっていることがうかがえます。このニューロプシン依存的後期連関可塑性にはインテグリン・アクチン系の関与を示唆する結果も得られ、このことは、ニューロプシンによる細胞外基質プロセシングからインテグリンを介した細胞内シグナル伝達経路が後期連関可塑性に関与していると考えられ、また、興味深いことに、ニューロプシン欠損マウスで中程度の刺激を加えると後期連関可塑性がおきるようになることからシナプス・タグは複数存在することが示唆されました。すなわち、ニューロプシン依存的・非依存的後期連関可塑性のメカニズムがあることが判明しました(図2)。今後、後期連関可塑性のメカニズムが明らかになり、今まで仮説の域を出る事のなかったシナプス・タグ仮説が実証されるでしょう。

参考文献
  1. Frey et al. Nature 385 (1997)533-536.
  2. Chen et al. J Neurosci. 15 (1995)5088-5097.
  3. Komai et al. Eur J Neurosci. 12 (2000)1479-1486.
  4. Tamura et al. J Physiol. 570 (2006)541-551.
図

図1 Synaptic Tagging and Capture modelの概略図

(1)強刺激によるL-LTP誘導.
(2)可塑性タンパク質合成後、各領域に充填される.
(3)弱刺激によってシナプスタグが形成、可塑性タンパク質を捕捉(capture)し後期連関可塑性が成立する.

図2シナプスタグ
合成された可塑性タンパク質
シナプスタグに捕捉された可塑性タンパク質

図2
図2 弱刺激によってWT(野生型)ではLate-associativityが成立する(S1WT).しかし、KO(ニューロプシン欠損型)ではLate-associativityは成立しない(S1KO).中刺激ではKOでもLate-associativityが成立する(S1’KO).

2008/10/17

 

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