富山貴美(大阪市立大学大学院医学研究科脳神経科学)
神経化学トピックス-5
Tomiyama et al. A new amyloid β variant favoring oligomerization in Alzheimer’s-type dementia. Ann. Neurol. 2008, 63: 377-387.
Aβオリゴマー形成を促進する新しいAPP変異
DOI 10.11481/topics5
登録日:2017年2月9日
アルツハイマー病(AD)はアミロイドβ(Aβ)ペプチドが脳に蓄積する、認知機能の低下を主症状とする神経変性疾患である。これまでは、凝集し、不溶性の線維(フィブリル)となったAβが老人斑を形成し、これが神経細胞を変性させることで病気が発症すると考えられていた(これを「アミロイド仮説」と呼ぶ)。しかし最近では、凝集過程の中間体である可溶性のAβオリゴマーに強いシナプス障害作用があり、これによって認知機能が低下し、病気が発症するという「オリゴマー仮説」が有力となっている。培養細胞から分泌された、もしくはAD患者の脳から抽出したAβオリゴマーをラットの脳に注入すると、シナプス機能障害や学習記憶障害を引き起こすことが報告されている1,2)。また実際に、AD脳ではAβオリゴマーが健常者よりも増加していることも観察されている2,3)。
今では有力となったオリゴマー仮説であるが、Aβオリゴマーが実際にヒトにおいてADを発症させているという直接的な証拠は見つかっていない。また、オリゴマーさえあれば、フィブリルや老人斑がなくても、病気が進行するのかについても明らかではない。ADの脳には可溶性のオリゴマーと不溶性のフィブリルとが常に混在しており、その病理や臨床症状がどちらのタイプのAβによって引き起こされているのかについて見極めることは困難だからである。
最近我々は、家族性AD患者から新しいAPP変異を同定した。この変異はAβ配列内部にあり、Aβの22番目のグルタミン酸をコードする693番目のコドンが抜け落ちる、APPでは初めての欠失型変異であった(図A)。そこから産生される変異Aβ(E22Δ)はフィブリルを全く形成しないかわりにオリゴマーを多く形成するという変わった性質を有していた(図B, C)。老人斑に特異的に結合するピッツバーグコンパウンドB(PIB)を用いて、この変異を持つ患者のアミロイドイメージング(PIB-PET)を行ったところ、この患者の脳には老人斑がほとんどなかった(図D)。さらに、この変異Aβをラットの脳に注入してシナプス機能に対する効果を調べてみると、このAβは正常Aβよりも強く、海馬シナプスの長期増強を抑制した。シナプスの長期増強は、学習や記憶に必要なシナプスの可塑性を反映した現象であると考えられている。これらの結果から、我々が同定したこの新しいAPP変異(E693Δ)は、Aβオリゴマーの形成を促進することで、おそらくフィブリルの形成なしに、病気を発症させていると考えられた(図E)。
この発見は、フィブリルや老人斑がなくても、AβオリゴマーのみでADが発症し、進行することを示すとともに、オリゴマー仮説を支持する証拠がヒトにおいて得られたことを意味しており、今後のADの診断・治療法の開発に重要な示唆を与えると考えられる。
- Walsh et al. Nature 2002, 416: 535-539.
- Shankar et al. Nature Med. 2008, 14: 837-842.
- Gong et al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 2003, 100: 10417-10422.
図の説明 (A) 家族性AD患者で見つかった新しいAPP変異E693Δ。(B) E22Δ変異Aβは1週間インキュベートしてもフィブリルを形成しなかった。(C) E22Δ変異Aβは溶かしてすぐに多くのオリゴマーを形成した。(D) PIB-PETでは、E693Δ変異を持つ患者の脳には老人斑が検出されなかった。(E) E693Δ変異は、Aβオリゴマーの形成を促進することで病気を発症させている。 |
2008/11/19
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