神経化学トピックス

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10. ニューロンの1次繊毛 ―非シナプス性神経伝達の担い手としての可能性―
   三好 耕(岡山大学 大学院医歯薬学総合研究科 神経情報学)

ニューロンの1次繊毛  ―非シナプス性神経伝達の担い手としての可能性― 


DOI 10.11481/topics10
登録日:2017年2月9日


哺乳類では大部分の体細胞が、細胞あたり1本の不動性繊毛(1次繊毛、primary cilia)を持つ。1次繊毛の欠失や機能異常により嚢胞性腎疾患、Bardet-Biedl syndromeなどの遺伝性疾患(ciliopathy;繊毛病)が惹起されることが近年報告され、1次繊毛の持つ細胞のアンテナとしての多様な機能に注目が集まりつつある[1]。Bardet-Biedl syndromeの原因遺伝子や中心体タンパクpericentrinの遺伝子を発現抑制したマウスは嗅覚ニューロンの繊毛の形成が阻害されることが示されている[2,3,4]。中枢神経系の殆どのニューロンも長さ5-10μmの1次繊毛を1本持つことが知られており、神経前駆細胞の1次繊毛によるmorphogenの受容が大脳皮質や海馬の発生に重要であることが示されたが[5]、成熟ニューロンの1次繊毛の生物学的な意義は不明な点が多い。最近、齧歯類脳で部位特異的に数種類のGタンパク共役型受容体(セロトニン6型受容体、ソマトスタチン3型受容体、MCH1型受容体(MCHR1))がアデニル酸シクラーゼ3型(AC3)と共にニューロンの1次繊毛上に局在することが明らかになった[6]。これらの知見は、ニューロンの1次繊毛上の受容体が細胞外近傍環境のリガンドを感知して、繊毛内のGタンパク/cAMPカスケードによりシグナルを増幅して細胞体・核へ送り、それが惹起する反応が神経活動を修飾する、すなわち進化の過程ではシナプスよりも原始的なコミュニケーションデバイスである1次繊毛が非シナプス性の神経伝達を担っている可能性を示唆するものである(図1)。実際マウス海馬において繊毛受容体のソマトスタチン3型受容体を起点として繊毛内のcAMPが媒介するシグナリングが新規対象物の識別に重要であることが示された[7]。尚MCH(melanin-concentrating hormone)は摂食、情動に関与する神経ペプチドであり、MCH含有ニューロンは視床下部外側野から投射し、その受容体MCHR1は中脳からのドーパミン投射を受ける線条体・側坐核に強く発現する[8]。 


筆者らは、抗躁作用・気分安定作用を持つ炭酸リチウムのマウスへの慢性経口投与により、線条体・側坐核ニューロンのAC3/MCHR1陽性1次繊毛が約30%伸長することを報告した[9]。またNIH3T3細胞、ラット胎仔線条体由来初代培養、線維芽細胞様滑膜細胞、PC12細胞、培養ヒト星状膠細胞の1次繊毛もリチウムの添加により伸長することが示された[9,10]。リチウムによる気分安定作用にはglycogen synthase kinase-3β(GSK3β)の阻害作用が関与するとされるが[11]、培養細胞へのGSK3β阻害剤の添加では繊毛は伸長しなかったことから[9,10]、リチウムによる繊毛伸長はGSK3βの阻害に依存しない経路を介した作用であると考えられた。これらは線条体や側坐核のニューロンが1次繊毛上のGタンパク共役型受容体を介してリガンドの非シナプス性伝達を受け、受容体の発現の場である1次繊毛のリチウムによる伸長がニューロンのリガンドへの感受性を増大させる可能性を示唆する知見である(図2)。未だ不明であるリチウムの抗躁作用、気分安定作用の基盤に関して、1次繊毛の伸長による神経活動の調節という全く新しい仮説を検証するためには、リガンドへの感受性の増大が繊毛の伸長により得られるのか否かを確認する必要がある。最近、あるサブタイプのドーパミン受容体が1次繊毛上に発現するとの報告がなされており[12,13]、筆者らは1次繊毛を介したシグナル伝達の異常が気分障害や他の精神疾患の病態に関与する可能性について今後検討したいと考えている。

[1] Singla V, Reiter JF.The primary cilium as the cell's antenna: signaling at a sensory organelle. Science. 
313:629-633 (2006) 
[2] Kulaga HM et al. Loss of BBS proteins causes anosmia in humans and defects in olfactory cilia 
structure and function in the mouse. Nat Genet. 36:994-998 (2004) 
[3] Ross AJ et al. Disruption of Bardet.Biedl syndrome ciliary proteins perturbs planar cell polarity in vertebrates. Nat Genet. 37:1135.1140 (2005) 
[4] Miyoshi K et al. Pericentrin, a centrosomal protein related to microcephalic primordial dwarfism, is required for olfactory cilia assembly in mice. FASEB J. 23:3289-3297 (2009) 
[5] Han YG, Alvarez-Buylla A.Role of primary cilia in brain development and cancer. Curr Opin Neurobiol.20:58
-67 (2010) 
[6] Berbari NF et al.Identification of ciliary localization sequences within the third intracellular loop of G 
protein-coupled receptors.Mol Biol Cell. 19:1540-1547 (2008) 
[7] Einstein EB et al.Somatostatinsignaling in neuronal ciliaiscritical for object recognition memory. JNeurosci. 30:4306-4314 (2010) 
[8] Antal-Zimanyi I, KhawajaXJ. The role of melanin-concentrating hormone in energy homeostasis and mood disorders. Mol Neurosci. 39:86-98 (2009)
[9] Miyoshi K et al. Lithium treatment elongates primary cilia in the mouse brain and in cultured cells. 
Biochem Biophys Res Commun. 388:757-762 (2009) 
[10] Ou Y et al. Adenylate cyclase regulates elongation of mammalian primary cilia. Exp Cell Res. 
315:2802-2817 (2009) 
[11] Jope RS. Anti-bipolar therapy: mechanism of action of lithium. Mol Psychiatry. 4:117-128 (1999) 
[12]Domire JS et al. Dopamine receptor 1 localizes to neuronal cilia in a dynamic process that requires 
the Bardet-Biedl syndrome proteins. Cell Mol Life Sci. 2010 Dec 9. [Epub ahead of print] 
[13]Marley A, von Zastrow M.DISC1 regulates primary cilia that display specific dopamine receptors. 
PLoS One.5:e10902(2010) 

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