神経化学トピックス

神経化学のトピックを一般の方にもわかりやすくご紹介します。
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14. 大脳皮質形成における新規の神経細胞移動制御分子
   渡辺啓介、竹林浩秀(新潟大学 大学院医歯学総合研究科 神経生物・解剖学分野)
Watanabe K, Takebayashi H, Bepari AK, Esumi S, Yanagawa Y, Tamamaki N.      Dpy19l1, a multi-transmembrane protein, regulates the radial migration of glutamatergic neurons in the developing cerebral cortex. Development 138, 4979-4990, 2011.

DOI 10.11481/topics14
登録日:2017年2月9日

 大脳新皮質は、ほ乳類で飛躍的に発達し、高次脳機能の中心を担う領域である。発生期大脳皮質における神経細胞の移動障害は、滑脳症や帯状異所性灰白質などの脳奇形を引き起こす[1]。また、脆弱X症候群、レット症候群などの精神遅滞を伴う疾患では、樹状突起や棘状突起形態の異常が観察されること[2]からも、神経細胞の適切な配置や樹状突起の形成・維持が、高次脳機能に重要であると考えられる。
 
 大脳皮質を構成する興奮性神経細胞と抑制性神経細胞は、大きく異なる発生様式をもつが、それぞれの系譜細胞がどのように適切に移動・配置され、固有の樹状突起パターンを形成するかに関して、細胞系譜特異的な分子メカニズムについての知見は少ない。今回、私達は単一細胞マイクロアレイ法を活用し、膜貫通型タンパク質Dumpy19 like1 (Dpy19L1)が、発生期大脳皮質の興奮性神経細胞に強く限局して発現することを見出した(図C; [3])。dpy-19は線虫から存在し、neuroblastの極性形成・細胞移動を制御することが知られていた[4]。ほ乳類では4つのメンバーからなる膜タンパク質ファミリー (Dpy19 L1- L4)を形成する(図A,B; [5])。Dpy19ファミリーは8-11回膜貫通型タンパク質と予想されているが、ほ乳類での機能は未知であった。最近、SNPS解析によりDPY19L3と双極性障害の関連性 [6]、DPY19L2が雄性不妊症の一種である巨大頭部精子症の原因遺伝子であること [7],[8]が相次いで報告され、Dpy19ファミリーが広範かつ重要な機能をもつ可能性が示唆された。私達はshRNAを用いたRNA干渉法によるin vivo機能阻害実験を行うことで、大脳皮質形成におけるDpy19L1の機能を調べた。その結果、Dpy19L1 shRNAを導入した脳では、興奮性神経細胞の移動が著しく障害されることがわかった (図D,E; [3])。Dpy19L1ノックダウンにより、前駆細胞の増殖・分化異常は認められなかったが、移動障害を示した細胞には正常の神経細胞よりも長いleading processを持つものが観察された。これらの結果から、Dpy19L1は興奮性神経細胞の細胞移動、特にロコモーション様式の細胞移動を制御することで、大脳皮質の層形成に関わることが明らかとなった [3]。また、shRNA導入細胞の一部に形態の異常があったことから、Dpy19L1は樹状突起形成を制御している可能性もある。発生期でのDpy19L1の発現部位は非常に限局していることから、Dpy19L1は大脳皮質特異的な発生制御機構に関わる可能性が考えられる。

 現在、ノックアウトマウスの解析を中心に、Dpy19ファミリーの機能解明に取り組んでいる。今後は神経発生・神経発達の分野のみではなく、前述したDPY19とヒト疾患との関連性から、精神疾患や不妊症などの病態理解についても検討していきたい。

 本研究は、熊本大学大学院生命科学研究部 脳回路構造学分野(玉巻伸章教授)で行われたものです。ご協力頂いた多くの先生方に深く御礼申し上げます。

参考文献
1. Gressens P., Curr. Opin. Neurol. 19, 135-140, 2006.
2. Kaufmann W.E. and Moser H.W., Cereb. Cortex 10, 981-991, 2000.
3. Watanabe K. et al., Development 138, 4979-4990, 2011.
4. Honigberg L. and Kenyon C., Development 127, 4655-4668, 2000.
5. Carson A.R. et al., BMC Genomics 7, 45, 2006.
6. Smith E.N. et al., Mol. Psychiatry 14, 755-763, 2009.
7. Koscinski I. et al., Am. J. Hum. Genet. 88, 344-350, 2011.
8. Harbuz R. et al., Am. J. Hum. Genet. 88, 351-361, 2011.

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