神経化学トピックス

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35. 幼少期の社会的孤立の前頭前皮質-視床室傍核回路への影響と社会性との関わり
  山室和彦
  奈良県立医科大学 精神科

DOI  10.11481/topics140
掲載日:2020年11月6日  登録日:2020年11月6日

はじめに

幼少期の社会的孤立体験は大人になっても脳機能や行動への影響が持続していることが、哺乳類での報告で数多くされている。齧歯類において、生後21日から35日の2週間のみ社会隔離(社会隔離マウス)をすると社会性が低下することが報告されており、この2週間が社会性を構築する臨界期であると考えられている1。この社会隔離マウスにおける社会性の低下の原因となる神経回路は前頭前皮質第V/VI層から皮質下に投射をする錐体細胞の可能性が示唆されていた2。今回、前頭前皮質第V/VI層からどの皮質下領域に投射をする神経回路が異常なのか、この回路異常が個体レベルで因果関係をもって社会性行動に影響を与えているかについて検討した。
1.前頭前皮質-視床室傍核回路と社会性との関わり
私たちはマウスが自由に動き回れる環境下で、ファイバーフォトメトリーを用いて前頭前皮質第V/VI層から視床室傍核に投射をする神経細胞の活動を観察した。その結果、社会隔離マウスでは新規マウスへの反応が低いことが分かった。これは、幼少期の社会的孤立が大人になっても社会性行動中の前頭前皮質-視床室傍核回路に影響を与えていることを示唆している。実際に、光遺伝学という特定の神経細胞を光照射により活動を制御させる技術を用いて前頭前皮質-視床室傍核回路の活動を抑制すると社会性行動を減少させることも分かった。
2. 幼少期の社会的孤立が前頭前皮質-視床室傍核回路機能に与える影響
次に、前頭前皮質第V/VI層の視床室傍核に投射をする神経細胞をホールセルパッチクランプ法を用いて記録したところ、社会隔離マウスでは自発的抑制性シナプス後電流(sIPSC)が増加し、細胞興奮性が低下していることが分かった。さらに、光遺伝学による前頭前皮質から視床室傍核への応答は社会隔離マウスにおいて低下しており、誘発されたシナプス伝達の持続的な減少も示唆された。
前頭前皮質第V/VI層のソマトスタチン陽性インタニューロンのサブグループであるニコチン性アセチルコリン受容体α2サブユニット陽性インターニューロン(Chrna2-SST)は皮質下に投射する神経細胞にのみ投射をするという特徴をもつが3、社会隔離マウスではChrna2-SSTの細胞興奮性が増加いていることが分かった。また、Chrna2-SSTを薬理遺伝学的に活性化させると社会性は低下するため、前頭前皮質-視床室傍核回路の活動の減少に寄与し、社会性を低下させることが示唆された。
3. 社会隔離マウスにおける社会性行動異常のレスキュー
最後に、前頭前皮質-視床室傍核回路を光遺伝学を用いて活性化したところ、社会隔離マウスでみられた社会性の低下が回復することが明らかになった(図1)。


図1
幼少期の社会的孤立体験が前頭前皮質-視床室傍核回路に影響を与え社会性を低下させるが、同回路を光遺伝学を用いて活性化したところ、社会隔離マウスでみられた社会性の低下が回復することが明らかになった。
Chrna2-SST:ニコチン性アセチルコリン受容体α2サブユニット陽性インターニューロン
バースト状に発火するソマトスタチン陽性インターニューロンのサブグループであり、皮質下に投射する錐体細胞のみに投射をするという特徴をもつ。













これらの結果から、幼少期の社会的孤立体験が大人になっても前頭前皮質-視床室傍核回路の活動を変化させ、社会性の低下に寄与していることが示唆されると同時に、この神経回路は、社会性障害の治療開発の有力なターゲットになると期待される。
謝辞
本研究に関与して下さった全ての共同研究者に感謝いたします。特にどんな時でも議論に応じていただき、素晴らしい研究環境を与えてくださった森下先生には深く感謝申し上げます。
出典論文
A prefrontal-paraventricular thalamus circuit requires juvenile social experience to regulate adult sociability in mice
Yamamuro K, Bics LK, Leventhal M, Kato D, Im S, Flanigan M, Garkun Y, norman K, Caro K, Sadahiro M, Kullander K, Akbarian S, Russo S, Morishita H.
Nat Neurosci. 23.1240-1252. 2020.
引用文献
1.Makinodan M, Rosen KM, Ito S, Corfas G. A critical period for social experience-dependent oligodendrocyte maturation and myelination. Science. 2012;337(6100):1357-1360.
2.Yamamuro K, Yoshino H, Ogawa Y, et al. Social Isolation During the Critical Period Reduces Synaptic and Intrinsic Excitability of a Subtype of Pyramidal Cell in Mouse Prefrontal Cortex. Cereb Cortex. 2018;28(3):998-1010.
3.Hilscher MM, Leão RN, Edwards SJ, Leão KE, Kullander K. Chrna2-Martinotti Cells Synchronize Layer 5 Type A Pyramidal Cells via Rebound Excitation. PLoS Biol. 2017;15(2):e2001392.


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