神経化学トピックス

神経化学のトピックを一般の方にもわかりやすくご紹介します。
※なお、目次記載の所属は執筆当時の所属となっております。

37. 脳内における三者間シナプスの空間的分子ネットワークプロファイリング
  髙野哲也
  慶應義塾大学医学部生理学
DOI  10.11481/topics142
掲載日:2020年12月17日  登録日:2020年12月17日

はじめに
脳内には神経細胞が150兆個ものシナプスを作ることで、認知・思考・感情など脳高次機能を担う複雑な神経回路網を形成します。近年、これまで脳内の保護細胞として考えられてきたグリア細胞の一つであるアストロサイトが脳機能を担うシナプスの形成や再編成に積極的に関与していることが分かってきました1。このアストロサイト?シナプス間コミュニケーションは「三者間シナプス(Tripartite synapse)」と呼ばれており、この三者間シナプスは複雑な脳の組織形成及び膨大な情報処理システムにおいて重要な役割を担っています。実際に、三者間シナプスの機能的及び構造的破綻は統合失調症や自閉スペクトラム症、躁鬱病など非常に多くの精神・神経疾患に関連していることが示唆されています2。これまでの革新的なプロテオミクスの進歩によって、神経細胞のシナプスを構成する分子群については解析が進行してきました3,4。しかしながら、従来の方法では生体内における三者間シナプスの構成分子群を単離し解析することができなかった為、アストロサイトによるシナプスの形成と機能を制御する分子機構については不明な点が非常に多く残されていました。そこで、私たちは生体内における特定の異種細胞間の分子探索を目的とした新たなプロテオミクス技術を確立し、アストロサイトによる神経細胞のシナプス形成と機能を制御する詳細な分子メカニズムの解明に取り組みました5

1. 脳内における特定の異種細胞間の網羅的な分子探索技術Split-TurboID法の創出
近年、ビオチンリガーゼBirAを融合させた分子を用いて、近傍(10-50nm)の分子群をビオチン標識し、アビジンにて濃縮後に質量分析によって、網羅的に空間的な分子間ネットワークを解読する近位依存性ビオチン標識(BioID)法が開発されました。この方法では、近傍にある分子が予めビオチン標識されるために、膜可溶化などの影響に縛られずに分子群を解析できるという利点があります。実際に、これまでに興奮性シナプス及び抑制性シナプス構成分分子群を網羅的に解明できることが示されてきました。そこで私たちは、このBioID法をさらに発展させて、生体内のアストロサイトと神経細胞シナプスという特定の異種細胞間の構成分子群の網羅的探索を行うための新たな化学遺伝学的技術Split-TurboID法を開発しました(図1)。このSplit-TurboID法は、高活性型ビオチン化酵素TurboIDをN末端(N-TurboID)とC末端(C-TurboID)に分割し、細胞膜表面移行シグナルGRAPHIC (GPI anchored Reconstitution-Activated Proteins Highlight Intercellular Connections)6を付加したものになります。従って、Split-TurboID法の作動原理は、アストロサイトと神経細胞で構成される三者間シナプス間隙にてSplit-TurboIDの両断片が結合することでビオチン活性が再構成され、脳内における三者間シナプスの構成分子群を標識することで網羅的に同定することが可能になります (図1)。
まず、実際にSplit-TurboID法が神経細胞シナプスとアストロサイト間構成分子群をビオチン標識するか検討するために、神経細胞特異的にN-TurboIDを発現誘導するアデノ随伴ウィルス (AAV-hSynI-N-TurboID)とアストロサイト特異的にC-TurboIDを発現誘導するアデノ随伴ウィルス (AAV-GfaABC1D-C-TurboID)を生後21日目のマウス脳に遺伝子導入し、ビオチン投与後に免疫組織染色を行いました。その結果、生体脳においてN-TurboIDとC-TurboIDの両断片が存在する神経細胞シナプスとアストサイト間においてビオチン活性の再構成が認められました。興味深いことに、超解像度顕微鏡STEDを用いて詳細に観察したところ、Split-TurboIDは生体内において興奮性シナプス及び抑制性シナプスを含めた三者間シナプス構成タンパク質を標識していました。これらの結果から、開発したSplit-TurboID法は生体内において三者間シナプス構成分子群をビオチン標識していることが示唆されました5

2. 三者間シナプスの空間的分子ネットワークプロファリング
次に、Split-TurboID法を用いて三者間シナプス構成分子群を同定する為に、ビオチン標識タンパク質をストレプトアビジンビーズにて精製し、質量分析を行いました。その結果、三者間シナプスに特化する118種類もの分子群の同定に成功しました。その中には、既知の三者間シナプス構成分子であるNeuroligin-3、Neurexin-1、カルシウムチャネル補助サブユニット(CACNA2D3, CACNG2, CACNG3)、興奮性シナプス分子(GRIA2、GRIA3)、抑制性シナプス分子(GABRA1、GABRA4、GABRB2、GABRG2)などが含まれていました。さらにコンピュテーション解析を行った結果、同定した三者間シナプス構成分子群の中には、既知のシナプス間隙分子(29分子、25%)、細胞接着分子(18分子、15%)、イオンチャネル (18分子、15%)、Gタンパク質共役受容体とその関連タンパク質(4分子、3%)、その他の受容体(16分子、14%)、分泌分子や細胞外足場タンパク質(34分子、29%)が含まれていました。興味深いことに、三者間シナプス構成分子群の中には統合失調症や自閉スペクトラム症などの精神・神経疾患関連分子が非常に多く含まれていました(34分子、29%)5
 
3. アストロサイト細胞接着分子NRCAMは抑制性シナプスの形成と機能を制御する
Split-TurboID法を用いて同定した多数の新規三者間シナプス構成分子の中でも、本研究ではこれまで神経細胞の細胞接着分子として報告されていたNeuronal Cell Adhesion Molecule (NRCAM)に着目し、詳細な機能解析を行いました。興味深いことに、これまでの定説と異なり、脳内においてNRCAMは神経細胞よりもアストロサイトで高発現しており、また超解像度顕微鏡STEDを用いて観察したところ、内在性のNRCAMは脳内においてシナプス近傍のアストロサイト細胞膜上に局在していることが分かりました。さらに、細胞種特異的CRISPR-Cas9法を用いてアストロサイト特異的にNRCAMを遺伝子欠損させると、脳内におけるアストロサイトの突起が複雑化し、抑制性シナプスと抑制性シナプス後電流(mIPSC)の減弱が見られました。次に、その仕組みについて検討したところ、アストロサイト特異的NRCAMは神経細胞特異的NRCAMとのホモフィリック結合を介して抑制性シナプスの足場タンパク質gephyrinと結合していることが分かりました。以上の結果から、アストロサイト特異的NRCAMは神経細胞のNRCAM, gephyrinを介して抑制性シナプスを安定化していることが示唆されました (図2)5。このようにアストロサイトが直接的に神経細胞の抑制性シナプスを制御するという知見は、本研究が初めてとなります。

おわりに
本研究では、私たちが新たに開発したSplit-TurboID法が、従来の免疫沈降法や細胞分画法では困難とされていた脳内の神経細胞シナプスとアストロサイトいう特定の異種細胞間における分子ネットワークプロファイリングを初めて可能にしたことを示しました。この新たなSplit-TurboID法は脳神経系における神経回路や様々なグリア細胞などの異種細胞間の分子探索のみならず、生体を構成するあらゆる組織、器官内の様々な多種細胞間相互作用に関連する大規模分子間ネットワークの解明にも極めて有用であると考えられます。さらに、私たちはこれまで保護細胞として考えられてきたアストロサイトが神経細胞の抑制性シナプスの形成と機能を直接的に制御することで脳神経活動を調節していることも明らかにしました。この成果は、興奮性シナプスと抑制性シナプスの活動バランスの異常が起因する自閉スペクトラム症や発達障害などの精神・神経疾患の病態メカニズムの解明と新たな治療戦略の確立に寄与すると期待されます。

謝辞
本稿でご紹介させて頂いた研究遂行にあたり、多大なるご指導を賜りましたDuke大学Scott Soderling教授、Cagla Eroglu博士、理化学研究所(CBS)の下郡智美先生、また全ての共同研究者に心より感謝申し上げます。また、多大なご助力を賜りました慶應義塾大学医学部生理学教室の柚﨑通介教授と研究室の皆様に厚く御礼申し上げます。


<参考論文>

1 Stogsdill, J. A. et al.Astrocytic neuroligins control astrocyte morphogenesis and synaptogenesis.Nature 551, 192-197, doi:10.1038/nature24638 (2017).

2 Allen, N. J. &Eroglu, C. Cell Biology of Astrocyte-Synapse Interactions. Neuron 96, 697-708, doi:10.1016/j.neuron.2017.09.056(2017).

3 Nagai, T. et al.Phosphoproteomics of the Dopamine Pathway Enables Discovery of Rap1 Activationas a Reward Signal In Vivo. Neuron 89, 550-565,doi:10.1016/j.neuron.2015.12.019 (2016).

4 Takano, T. et al.Discovery of long-range inhibitory signaling to ensure single axon formation.Nature communications 8, 33, doi:10.1038/s41467-017-00044-2 (2017).

5 Takano, T. et al.Chemico-genetic discovery of astrocytic control of inhibition in vivo. Nature588, 296-302, doi:10.1038/s41586-020-2926-0 (2020).

6 Kinoshita, N. et al.Genetically Encoded Fluorescent Indicator GRAPHIC Delineates IntercellularConnections. iScience 15, 28-38, doi:10.1016/j.isci.2019.04.013 (2019).

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