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教育シンポジウム
神経化学会会員のための精神疾患教育講座
1A-教育-1
統合失調症の診断と病態
橋本 亮太1,2
1大阪大院・連合小児発達学・子どものこころ,2大阪大院・医・精神医学

 本シンポジウムは、精神疾患そのものの説明、その精神疾患の現在の課題、臨床研究の世界的な進み具合、今後神経化学に期待するものについて、統合失調症、気分障害、自閉スペクトラム症について、神経化学研究者の理解が深まることを目的として行う。本講演においては、統合失調症について概説するが、その前に精神疾患そのものの定義について解説する。精神疾患は、(1)特徴的な精神症状・行動障害が認められる、(2)症状は臨床的に著しい苦痛または、社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている、(3)症状は、物質(例:乱用薬物、投薬)の直接的な生理学的作用、または一般身体疾患(例:甲状腺機能低下症)によるものではないという3つの条件を満たすものと一般に考えられている。(3)は器質的な疾患を除外するという意味であるため、器質的な病因・病態がわからない社会機能障害のある患者を、特徴的な精神症状や行動障害で分類したものが精神疾患ということになる。すなわち、精神疾患の病因・病態が解明された時点で、それは精神疾患ではなく器質的な疾患とされるというパラドックスが存在する。よって、精神疾患は、常に病因・病態がわからないフロンティアであり、その研究は未知へのチャレンジであるといえる。さて、統合失調症は代表的な精神疾患であり、思春期・青年期に発症し、幻覚・妄想などの陽性症状、意欲低下・感情鈍麻などの陰性症状、認知機能障害などが認められ、多くは慢性・再発性の経過をたどり、社会的機能の低下を生じる。生涯罹患率は約1%で、抗精神病薬による薬物療法と心理社会学的療法を用いるが、約半数は改善するものの、約1/3が治療に十分反応しない治療抵抗性であり、最終的に5-10%が自殺するといわれている。統合失調症の原因は不明であるが、遺伝要因と環境要因が重なって発症すると考えられている。現在の治療で十分に改善しない患者がいるため、病因・病態を解明し、それに基づく診断法・治療法を開発することが急務であるのが現状である。精神疾患の臨床研究においては、患者ごとのばらつきが大きいため、少数例にて偶然得られる結果が再現されないことが多く、結果として一般化され臨床応用されにくいという問題点がある。それを克服するためには、多施設多数例を用いた研究が必要であり、本邦ではCOCOROという共同研究体が中心的な役割を担っており、世界に通じる成果が得られている。臨床研究にて得られる知見を臨床応用する際には、神経化学的アプローチは大きな役割を果たすと考えられる。神経化学のエキスパートが、Disease orientedな病態研究を精神科医と一緒に行うことにより、ブレイクスルーが生まれると信じている。本講演では、このような内容を具体例を紹介して概説する。
1A-教育-2
気分障害の診断と病態
加藤 忠史
理化学研究所脳科学総合研究センター精神疾患動態研究チーム

気分障害には、うつ病、双極性障害(躁うつ病)などが含まれる。うつ病は、ストレスを契機に発症することが多く、抑うつ気分、興味・喜びの喪失、食欲の変化、睡眠障害、易疲労性、精神運動制止(動作がゆっくりになる)、決断困難、罪責感、希死念慮などの症状が2週間以上続く。一方、双極性障害は、うつ状態と、気分が高揚し、誇大性、多弁、多動、睡眠欲求の減少、活動性の増加などを伴う躁状態、または軽躁状態が出現する病気であり、躁状態がある場合は双極I型障害、軽躁状態とうつ状態だけの場合は双極II型障害と呼ばれる。うつ病の主たる誘因はストレスであるが、ストレス脆弱性には個人差がある上、明らかな誘因なしに発症することも多い。うつ病は単一の原因による疾患ではなく、さまざまな原因により起こる症候群と呼ぶべきものであり、本来は「うつ症」とでも言うべきものである。双極性障害の主たる原因は、遺伝的要因とされ、細胞内カルシウムシグナリングの変化が関与すると考えられている。当日は、病気の基礎知識に加え、両者の診断法、治療法、病態の違い、および確立した生物学的知見、動物モデルの現状など、研究者に必要な知識をまとめて紹介する予定である。
1A-教育-3
自閉スペクトラム症の診断と病態
尾崎 紀夫
名古屋大学大学院医学系研究科精神医学・親と子どもの心療学分野

自閉症スペクトラム障害(ASD)は一般人口の少なくとも約1%に生じるが、2013年、アメリカ精神医学会が発表した診断基準DSM-5において、神経発達症の一つとして位置づけられた。「神経発達症」と称すると、「脳病態に基づく区分わけ」と思われがちだが、DSM-5でもASDの診断は、対人関係やコミュニケーションのあり方、ある事柄へのこだわりなどの特性により為され、未だ病態による診断区分ではない。一方レット症候群、結節性硬化症、脆弱X症候群等に伴うASD関連の症候群が報告されてきたが、こうしたシンドローム型ASDの一部はゲノム解析から発症関連遺伝子あるいは発症に関連する染色体領域(複数の遺伝子を含むことが多い)が特定されている。この様なシンドローム型ASDや、メジャーな(segmental duplicationを背景にした)ゲノムコピー数多型(CNV)を持つ症例が、ASD全体の1-2割を占める点を考慮して、DSM-5においては、遺伝的バックグランドが併記されるようになり、症候から病態による診断区分への移行が意図されている。更なるASDの診断面の特徴として、注意欠如多動症、てんかん等、他の疾患を併発する頻度が高いことが挙げられる。また思春期以降一過性に統合失調症類似の精神病症状あるいは緊張病症状を呈する場合もある。ASDと統合失調症、注意欠如多動症、双極性障害は疫学的知見から発症に関する遺伝因子を共有することも明らかになっており、病態面での関係性が着目されている。この様なことを背景に、ASDと統合失調症を対象に、頻度は稀であるが、発症に大きく関与するゲノム変異が全ゲノムにわたり探索され、両疾患に共通するゲノム変異と異なるゲノム変異が同定されつつある。さらにこれらゲノム変異の病態面での意義を明確化すべく、細胞生物学的検討、遺伝子改変モデル動物を用いた検討も行われている。本講演では、ASDを巡る診断的な課題を再確認した上で、ASDを含む精神医学診断体系の病態に基づく再構築を目指した研究の方向性について検討する。