TOP合同シンポジウム
 
合同シンポジウム
細胞死を巡って、基礎から臨床まで
2D-合同-1
ATP制御による難治性疾患の予防・治療戦略
垣塚 彰
京都大学・院・生命科学研究科

神経変性疾患や難治性眼疾患に代表される難治性疾患では、障害部位での神経細胞死が病態の本態であり、神経細胞を細胞死から守る方策を作りだすことが理想的な治療戦略となる。我々は、これまでの研究結果から、ATPレベルの減少がこれらの疾患での神経細胞死に深く関与している考え、ATPの減少を防ぐことによってこれらの疾患の発症の予防と進行の抑制ができると考えてきた。そのような考えの基、VCPと呼ばれる細胞に豊富に存在するATP分解酵素のATP分解活性を抑制する化合物KUSs(Kyoto University Substances)を開発した。KUSsは、報告されているようなVCPの細胞での機能に影響を与えることなく、VCPによるATPの分解(浪費)を抑制した。その結果、様々な条件でのATPの減少とその結果励起されるERストレスを軽減することで、神経細胞を細胞死から保護する作用があることが判明した。さらにKUSsは、網膜や中枢神経の神経細胞が死滅することで発症する幾つかの難治性疾患のモデルマウスにおいて、有意な神経保護作用を示した。これらの結果は、神経細胞死を引き起こす病態において、ATPの減少が細胞の運命決定に極めて重要な役割を果たすこと、そして、その抑制が有効な治療・予防に繋がる可能性を示している。本発表では、我々が開発してきたKUS化合物の「ATP制御薬」としての作用を紹介するとともに「ATP制御薬」によるその他の難治性疾患の病態軽減の可能性を議論する。
2D-合同-2
神経疾患におけるアストロサイトの変化と細胞死
古田 晶子
順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学

中枢神経系に病変が及ぶと急性期にアストロサイトは突起が腫脹し神経細胞との間に間隙が生じ組織は浮腫状態となった後、突起を伸展させ種々の分子を発現して反応性アストロサイトになり、病巣修復が終息するとグリア瘢痕を形成する。この過程において、ミトコンドリアに発現する酸化ストレス関連分子Mn-SODとhOGG1、GPCRに属するVPAC2とGRPR、リソゾーム膜タンパク質LAMP-2が反応性アストロサイトに発現すること、急性期病変においてグルタミン酸トランスポーターが細胞内局在を変えることによりグルタミン酸による興奮性細胞死を調節している可能性を報告してきた。一方、種々の病態において病理学的に特徴的なアストロサイトの変化が記載されており、アストロサイト自体も病的状態や細胞死に陥ることが示唆されている。急性脳症のクラスマトデンドローシス(突起崩壊症)、肝脳疾患におけるアルツハイマーII型グリア、大脳皮質基底核変性症のアストロサイト班や進行性核上性麻痺の房状アストロサイト、アレキサンダー病のローゼンタール線維等である。自験例ではアルツハイマー病で蓄積するベータアミロイドは神経細胞毒性を呈するだけでなく、反応性アストロサイトを誘発し著明なリソソーム変化を引き起こすことを観察した。本シンポジウムでは神経病理学的立場から病的状態でのアストロサイトの変化について述べ、神経疾患の細胞死におけるアストロサイトの役割について考察したい。
2D-合同-3
統合失調症におけるアポトーシスと抗精神病薬
倉知 正佳1,近藤 隆2
1福島県立医科大学会津医療センター,2富山大学医薬学研究部放射線基礎医学教室

はじめに:脳画像研究から、統合失調症では、発症前後の数年間にシルヴィウス周辺領域(上側頭回や島回)の灰白質(Kasaiら,2003;Takahashiら,2009)と前頭前野の体積減少が進行すること(Hoら,2003)、慢性期にも前頭前野の体積減少が進行することが示されている(Olabiら,2011)。この体積減少の成因として、neuropilの減少とそれに対するアポトーシス機構の関与が議論されている(Jarskog et al, 2005, 2006;Glanatz et al, 2006)。われわれは、統合失調症の脳の組織学的変化を改善し得る治療薬の開発研究の一環として、まず、in vitroアポトーシスモデル実験で、現行の抗精神病薬の細胞保護作用を検討した結果、とくにクロザピンには、抗酸化作用だけでなく、放射線アポトーシスの抑制作用が際立っていることを、昨年の本学会で報告した(伊藤ら、2015)。このような抗アポトーシス作用が新しい治療開発の要件になるかどうかは、現時点では定かではない。本シンポジウムでは、以下のことについて、述べることにしたい。BR統合失調症の病態とアポトーシス:統合失調症の側頭皮質で、抗アポトーシスタンパク質であるBcl-2の減少が報告された(Jarskog et al, 2000)。さらに統合失調症の側頭皮質では、Bax/Bcle-2比が高く、これは、アポトーシス刺激に対する高い感受性を示すと解釈された(Jarskogら、2004)。しかし、中枢神経系のアポトーシス・カスケードの下流の鍵成分であるcaspase-9とcaspase-3は、統合失調症では減少、ないし減少傾向と報告されている(Jarskogら、2003, 2004)。BR抗精神病薬とアポトーシス:オランザピンやクロザピンのラットへの1か月投与が、前頭皮質で、Bcl-2mRNAとそのタンパク質の上昇を誘導したという報告がある(Baiら、2004)。クロザピンやオランザピンは、N-methyl-4-phenylpyridinium(MPP+)、あるいは過酸化水素によるPC12細胞の細胞死を減少させた(Qingら、2003;Weiら,2003;MagliaroとSaldanha, 2009)。他方、クロザピン投与患者の好中球では、アポトーシス促進遺伝子p53などの発現が上昇し、これが、無顆粒球症の背景になっているようである(Fehselら、2005)。我々のアポトーシスモデル実験のその後の検討では、クロザピンはcaspase-3の発現には影響せず、カスパーゼ非依存性経路に作用すると思われる。BR今後の課題として、統合失調症の重症度や副作用とアポトーシスとの関係、病態モデル動物を用いた検討、抗精神病薬開発における抗アポトーシス作用の意義などがあると思われる。
2D-合同-4
うつ病と神経細胞死
山形 弘隆1,内田 周作1,樋口 文宏2,渡邉 義文2
1山口大学医学部附属病院精神科神経科,2山口大学大学院医学系研究科高次脳機能病態学分野

ストレス負荷マウス脳やうつ病患者死後脳などの遺伝子発現解析で、アポトーシス関連遺伝子の発現変化が報告されている。これらの報告はうつ病と神経細胞死との関連を示唆しているが、一方で、もし神経細胞死そのものがうつ病の原因であるならば、「うつ病は神経変性疾患なのか」という疑問が生じてくる。確かに、パーキンソン病やアルツハイマー型認知症などの神経変性疾患の症状としてもうつ症状が報告されているため、病態のオーバーラップの可能性も否定できない。しかしながら、DSM-Vなどの操作的な診断基準では、うつ病を症状の組み合わせでしか診断できないため、うつ病以外の他の疾患によるうつ状態がうつ病の診断基準を満たしてしまい、あたかもうつ病に神経細胞死が関与しているようにみえるという臨床研究デザインの根本的な問題が生じているのかもしれない。この問題を解決するには、臨床研究と基礎研究の融合が不可欠である。本シンポジウムでは、うつ病と神経細胞死について、最近の知見を紹介しながら、うつ病研究のこれからの方向性を議論したい。