46. 白質障害病変に分泌されるI型コラーゲンは白質再生阻害に関与する
はじめに
脳内を走行する有髄線維では、情報を伝えるための神経軸索に髄鞘と言われる構造物が形成されます。脳の白質は、有髄線維が非常に多く存在し、刺激の伝導速度を高めるだけでなく、脳機能を維持するために重要な領域です1。脳白質では、グリア細胞の1つであるオリゴデンドロサイトによって髄鞘が形成されています2。脳の血管が詰まることで発症する脳梗塞や髄鞘が脱落することで発症する多発性硬化症では、白質が障害され、運動麻痺や感覚障害が見られます3,4。白質障害後は、通常オリゴデンドロサイトによって、軸索に再度髄鞘が形成されることで再生が行われます2。しかしながら、病態に応じて白質の再生が阻害されると予後の悪化に繋がります4。現在、白質の再生がなぜ阻害されるのかについては不明な点が多く存在します。我々は、以前白質障害モデルマウスを作出する過程で、白質の再生が見られない領域では組織の線維化が起きていることに気が付き、I型コラーゲンが病変部位に沈着していることを見出しました5。I型コラーゲンは、弾力性を持たせる働きを持ち、皮膚や骨などヒトの体内で豊富に存在することが知られていますが、正常な脳内にはほとんど存在しません。そこで本研究では、白質の病変に蓄積されるコラ―ゲン線維に着目し、それを構成する線維性コラーゲンであるI型コラーゲンの役割について調べました。
1.脳梗塞と多発性硬化症のヒト組織病変に蓄積されるコラーゲン線維
まず、脳梗塞や多発性硬化症の患者脳組織病変にコラーゲン線維が存在するかを調べるために、ヒトの病理組織切片を用いてアザン染色を行いました。アザン染色は、コラーゲン線維を特異的に染色する組織学的解析法になります。これらの病理組織解析から、脳梗塞と多発性硬化症の患者脳組織では、一部の白質障害領域にコラーゲン線維やコラーゲンの凝集体が蓄積されていることがわかりました。
2.血液中の単球が白質障害領域に流入しコラーゲンを産生する
次に、病態モデルマウスではどのような細胞がコラーゲンの分泌をしているかを調べるために、強力な血管収縮剤であるエンドセリン1 (ET1) をマウスの内包白質に注入することで、白質梗塞モデルマウスを作製しました5。この白質梗塞モデルマウスでは、白質の再生が阻害され、運動機能回復や組織再生は見られません。このモデルマウスの病変部位を電子顕微鏡によって観察したところ、コラーゲン線維が分泌されていました。さらに、複数の組織学的解析法を組み合わせ、I型コラーゲンの遺伝子を発現する細胞を調べました。その結果、本来は血液中を流れている単球と言われる免疫細胞が、白質障害後に脳内へ流入し、マクロファージに分化してI型コラーゲンを産生していることが示されました。
3.I型コラーゲンは白質の再生を阻害する
最後に、I型コラーゲンが白質の再生阻害に関与しているかを調べるために、界面活性剤であるリゾレシチンをマウスの内包白質に注入し、白質障害モデルマウスを作製しました。この白質障害モデルマウスは、内包白質の障害後に半身麻痺が見られ、白質再生とともに運動機能が回復するユニークなモデルマウスになります5。そこで、リゾレシチンにI型コラーゲンを混合してマウスの内包白質に注入したところ、行動実験によって運動機能回復が阻害されることがわかりました。さらに、組織再生の程度を比較したところ、白質の再生を担うオリゴデンドロサイトの分化が障害され、髄鞘再生が阻害されていることを明らかにしました6(図1)。

おわりに
これらの研究成果から、白質病変に蓄積されるI型コラーゲンは単球由来マクロファージによって分泌されること、I型コラーゲンが白質再生の阻害因子であることが示されました。現在、白質障害に対する有効な治療法は存在しません。今後は、I型コラーゲンによる白質再生阻害機構をさらに詳しく調べることで、脳梗塞や多発性硬化症に対する新たな治療法開発につながる可能性が考えられます。
引用
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