47. クロマチンリモデリング因子Chd7は脳梗塞後の反応性アストログリオーシスを制御する
はじめに
脳卒中は我が国で総患者数がおよそ188万人(令和5年)にのぼり、死亡原因の第4位、要介護となる原因の第2位を占める主要疾患です。脳卒中は脳梗塞、脳出血、くも膜下出血に分類され、脳卒中の約80%は脳梗塞が占めています。麻痺や意識障害、失語などの後遺症はADL(日常生活動作)低下の大きな要因となっています。現在、急性期治療として血栓溶解療法やカテーテルによる急性血行再建術が行われていますが、これらを除くとリハビリテーション以外に有効な治療法はなく、新たな治療戦略のための病態解明や治療薬の開発が期待されています。
脳内のグリア細胞の1つであるアストロサイトは、神経細胞への栄養供給や血液脳関門の形成など、脳の恒常性維持に不可欠な役割を担っています1。脳梗塞などの損傷が生じると、アストロサイトは反応性アストロサイトへと変化し、増殖や形態変化、遺伝子発現変化を伴う反応性アストログリオーシスが誘導されます2。反応性アストロサイトは損傷部を隔離して炎症の拡散を防ぐグリア瘢痕を形成し、周囲の正常組織を保護するという有益な役割を担います。一方で、炎症性サイトカインを分泌して神経炎症を増悪させるほか、瘢痕形成が軸索再生を阻害して機能回復を妨げてしまうことが知られています2(図1)。これまで、この過程を制御するシグナル経路や転写因子に関する研究は数多く報告されていますが、クロマチン構造(ゲノムDNAがヒストンタンパク質に巻き付いてヌクレオソームを作り、さらに折りたたまれて細胞核内に収納された状態)が変わることで、遺伝子発現のオン/オフが調節される仕組み(エピジェネティックな制御機構)については不明な点が多く残されています3。本研究では、クロマチン構造を変化させるATP依存性クロマチンリモデリング因子Chd7に着目し、脳梗塞後の反応性アストログリオーシスにおけるその役割を明らかにしました4。
1.脳梗塞巣周囲の反応性アストロサイトの一部でChd7の発現が誘導される
光塞栓法によるマウス脳梗塞モデルを用いてChd7の発現パターンを解析した結果、正常なアストロサイトではChd7の発現はほとんど認められませんでした。一方、脳梗塞発症3日後の梗塞巣周囲において、反応性アストロサイトの一部でChd7の発現が誘導されることを見出しました。Chd7は特に増殖している反応性アストロサイトで発現していました。さらに、発症14日後の瘢痕形成アストロサイトにおいても、その発現が維持されていることが明らかになりました(図1)。

2.アストロサイト特異的なChd7欠損は脳梗塞後の病態を改善し、機能回復を促進する
Chd7の役割を明らかにするため、アストロサイト特異的にChd7を欠損させたマウスを作製し、脳梗塞を誘導しました。このマウスでは対照群と比較して、反応性アストロサイトの増殖が抑えられ、グリア瘢痕形成も減少しました。さらに、梗塞部位への単球の浸潤やミクログリアの活性化といった炎症反応が抑制され、梗塞体積の縮小と運動機能回復の有意な改善が認められました。これらの結果は、Chd7が脳梗塞後の反応性アストログリオーシスを促進し、病態を悪化させる方向に働くことを示唆しています。
3.Chd7は転写因子Sox2やAtf4と複合体を形成し、増殖と炎症に関わる遺伝子の発現を制御する
Chd7が反応性アストログリオーシスを制御する分子メカニズムを解析しました。Chd7はSox2やAtf4と直接結合して複合体を形成します。この複合体はTrib3遺伝子のプロモーター領域に結合し、Trib3の発現を誘導することでアストロサイトの増殖を促進します。さらに、Chd7-Sox2複合体はC3ar1およびMalt1遺伝子の発現を制御し、炎症性サイトカインであるIL-1βの産生を誘導することで神経炎症に関与することがわかりました(図2)。

おわりに
本研究では、脳梗塞後に起こる反応性アストログリオーシス(アストロサイトの増殖や軸索再生を妨げるグリア瘢痕の形成、脳内の炎症反応などが生じる過程)を制御する、新たなエピジェネティックな仕組みを明らかにしました。解析の結果、脳梗塞後の反応性アストロサイトにおいて、クロマチンリモデリング因子Chd7は、特定の転写因子と協力して遺伝子発現のオン/オフを調節する主要なエピジェネティック制御因子として働くことがわかりました。Chd7は増殖や炎症に関わる遺伝子の発現を誘導することで、反応性アストロサイトの増殖やグリア瘢痕の形成、脳内の炎症反応に関与します。実際、アストロサイトでChd7の働きを抑えたマウスを用いた解析では、瘢痕形成や炎症が抑制され、運動機能の回復が改善することを確認しました。これらの知見から、Chd7やそれに関連する分子は、脳梗塞による後遺症を軽減するための新たな治療標的となる可能性があります。本研究の成果は、脳梗塞に対する新しい治療戦略や治療薬の開発につながることが期待されます。
引用
- Khakh BS, Deneen B. The Emerging Nature of Astrocyte Diversity. Annu Rev Neurosci 42, 187-207 (2019). doi: 10.1146/annurev-neuro-070918-050443.
- Burda JE, Sofroniew MV. Reactive gliosis and the multicellular response to CNS damage and disease. Neuron 81, 229-248 (2014). doi: 10.1016/j.neuron.2013.12.034.
- Shen XY, Gao ZK, Han Y, Yuan M, Guo YS, Bi X. Activation and Role of Astrocytes in Ischemic Stroke. Front Cell Neurosci 15, 755955 (2021). doi: 10.3389/fncel.2021.755955.
- Nagao M, Maekawa T, Yamazaki A, Ogata T. Chromatin remodeler Chd7 regulates reactive astrogliosis after ischemic stroke. Cell Rep 44, 116590 (2025). doi: 10.1016/j.celrep.2025.116590.
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