49. 反復的な頭部への軽度外傷はタウ病理の進行と広がりを促進する
はじめに
タウタンパク質は本来、神経細胞の軸索内に存在する微小管を安定化して軸索輸送を維持するタンパク質のため、軸索において重要な機能を果たしています。しかし病的な条件下では、タウの過剰なリン酸化や構造変化が生じ、単量体タウが自己会合して二量体・三量体など可溶性の低分子集合体(オリゴマー)を形成するようになります。これらのオリゴマーは線維形成に先行する中間体と考えられており、さらに凝集が進行することで不溶性の線維状構造へと移行し、神経障害に関与すると考えられています1)。このようなタウタンパク質の異常なリン酸化や凝集が共通して見られる神経変性疾患群はタウオパチーと呼ばれますが、アルツハイマー病をはじめ、慢性外傷性脳症(CTE)、進行性核上性麻痺、大脳皮質基底核変性症など多様な疾患が含まれます。これらの疾患では、細胞内に蓄積した異常なタウが神経細胞やグリア細胞の機能障害を引き起こし、神経回路の破綻へとつながると考えられています2), 3), 4)。
近年では、異常なタウが細胞間を移動し、神経回路に沿って病理が段階的に広がるタウ伝播の概念が提唱され、病態が進行する重要な機序として注目されています5), 6)。CTEは、アメリカンフットボール、ボクシング、アイスホッケー、サッカーなど、頭部への衝撃を繰り返し受けるコンタクトスポーツや、爆風暴露などに伴い反復的に起きる軽度な頭部外傷への長期的な曝露と関連して発症する神経変性疾患です。外傷後に数年から数十年を経て神経変性が進行し、認知機能低下が生じます。病理特徴として、リン酸化タウの異常蓄積が見られます7), 8)。外傷歴という比較的明確な危険因子が存在することから、外傷がどのようにタウ病理を誘導・進展させるのかは神経変性研究における重要な課題となっています。
一方で、軽度外傷を動物モデルで再現した場合、CTEで認められるような進行性タウ病理を安定して誘導することは困難でした。これは、従来のモデルでは衝撃の強さを正確にそろえることが難しく、脳への負荷を一定に再現できなかったことが原因の一つと考えられています。そのため、外傷だけでは病理形成が限定的である可能性が示唆されました。そこで本研究では、マウスの頭部を固定せず、衝撃後に頭が自然に回転することを許容することで、ヒトの頭部外傷に近い力学的条件を再現できるClosed-Head Impact Model of Engineered Rotational Acceleration(CHIMERA)装置を用いた反復軽度頭部外傷モデルを使用しました9), 10)。CHIMERAでは、ピストンの動きを制御することで衝撃条件を定量的に設定でき、再現性高く脳へ外傷負荷を与えることが可能です8)。本研究では、頭部外傷だけでタウ病理が誘導されるのか、あるいはタウの凝集が存在する条件では頭部外傷によって、病理進行やタウの脳内伝播が促進されるのかを検証しました。
1.CHIMERAによる反復的な頭部への軽度外傷で再現される脳の変化
本研究では、マウスに比較的弱い衝撃を3日間隔で5回与える反復的な頭部への軽度外傷を用いました。この条件では、頭蓋骨骨折や大きな出血のような重症外傷を避けながらも、脳内の長い神経線維に負荷がかかる軽度外傷を再現できました。その結果、外傷後の長期経過に伴い運動量の低下や歩行異常が認められました。また、外傷後約1か月で、脳の中で脳脊髄液が循環する脳室と呼ばれる空間の拡大が観察され、さらに長期的な障害では、視覚系に関連する網膜神経節細胞の減少も確認されました。これらは、ヒトの慢性外傷後に報告される変化と共通しているため、CHIMERAモデルが外傷後の慢性的な脳変化を調べるための有用な実験系であることを示しました。
2.反復的な頭部への軽度外傷だけでは明確なタウ病理は生じにくい
CHIMERAによる反復的な頭部への軽度外傷後の脳では、脳の中で神経の情報を伝える連絡線が多く集まる白質における軸索障害やミクログリア・アストロサイトと呼ばれるグリア細胞の活性化による脳内炎症が確認されました。しかし、タウの異常な蓄積そのものは、野生型マウスでは明確には観察されませんでした。すなわち、反復軽度外傷は白質障害や慢性炎症を引き起こすものの、それだけでは顕著なタウ凝集が生じるとは限らないことが示唆されました。この結果は、CTEでは症状や病理が長い年月をかけて進行すると考えられている点とも一致します。
3.タウ異常が存在する場合、頭部外傷はタウの病理進行と伝播を促進する
一方、タウ病理が生じやすい条件では、反復的な頭部への軽度外傷の影響はより明確に現れました。
まず、早期にタウ病理が生じるアルツハイマー病モデルマウスに反復的な頭部への軽度外傷を加えたところ、特定の皮質領域(運動野や感覚野)でリン酸化タウの陽性細胞が増加し、神経細胞突起の形態異常やタウの局在異常が観察されました11)。
さらに、タウ凝集の種であるタウ線維を脳内に注入したタウ伝播モデルでは、反復的な頭部への軽度外傷を加えることで神経回路に沿ったタウ病理の伝播が促進されました(図)。頭部の外傷に伴う軸索障害、炎症反応、細胞外環境変化などが、タウ凝集体の細胞間移行や取り込みを促進した可能性が考えられます。

おわりに
本研究は、反復的な頭部への軽度外傷が単独で強いタウ病理を引き起こすとは限らない一方で、タウの異常が存在する状況では病理の進行やタウタンパク質の伝播を加速させる可能性を示しました11。このことは、頭部外傷が神経変性疾患の直接的な原因というよりも、病気の進み方を変化させる修飾因子として働く可能性を示唆しています。今後は炎症反応、軸索障害、細胞外環境の変化が引き起こされる仕組みを明らかにすることで、CTEやアルツハイマー病を含むタウオパチーに共通する新しい治療戦略につながることが期待されます。
引用
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