神経化学トピックス

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8. アルツハイマー病を発症前に予期するバイオマーカーの発見
  大河内正康(大阪大学医学系研究科・精神医学教室)

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神経化学トピックス-8

Yanagida et al. (2009) EMBO Molecular Medicine, 1(4)223-235
アルツハイマー病を発症前に予期するバイオマーカーの発見


DOI 10.11481/topics8
登録日:2017年2月9日


アルツハイマー病は認知症の最大の原因であるが、発症時には神経細胞が既に大量に死滅しており治療は困難である。 事実、現在上市されている薬剤の働きは「病気の起こる仕組みを止める」ものではなく、その認知症症状の進行を一時的に遅らせるものである。 また、現在製薬企業が積極的に開発中の抗アルツハイマー病薬はその「病気の起こる仕組みを止める薬剤」であり、その使用には論理的説得力のある発症前診断用バイオマーカーの開発が不可欠である。

我々はこの病気が発症するずっと以前から脳内に蓄積していく物質(アミロイドβ)に目をつけた。 しかし、この物質はその蓄積する性質のために体内での測定値の解釈が難しい。 42アミノ酸残基のアミロイドβペプチド(Aβ42)はアルツハイマー病を特徴づける脳内病変である「老人斑」の主な構成成分である。 このペプチドはβAPPというたんぱく質が分解されて作られる。 不思議なことに、アルツハイマー病患者脳内ではこのAβ42は集積しているにもかかわらず、その患者の脳脊髄液(CSF)中にあるAβ42の量はむしろ低下する傾向にある。 現在、この乖離は脳内のAβ42の殆どが不溶性の老人斑に蓄積し、そのため脳脊髄液へのクリアランスが低下しているためではないかと考えられている。 このAβ42の量の逆説的な関係はアルツハイマー病発症後のバイオマーカーとして一定の評価を得ているが、よりよいサロゲートマーカー、特にアルツハイマー病の症状が出現する前に診断的意味をもつマーカーの開発が必要不可欠であった。

この論文で我々は感度の高い新規のバイオマーカーとしてAPL1β28を発見した。 このペプチドはAβ42と同じ仕組みで産生される「Aβ様ペプチド」である(1,2)。 唯一の違いはこのペプチドはAβ42とは違うβAPPによく似たAPLP1というたんぱく質から産生される点にある。 Aβ42と異なりアミロイドとして沈着しない性質をもったAPL1β28を我々はヒトCSF中に同定し、それの量が脳内でのAβ42産生を反映することを示した。 特に、CSF中のAPL1β28の割合は家族性・孤発性を問わずアルツハイマー病患者CSFで上昇していた。

我々はこのAPL1β28の量を脳内Aβ42産生のサロゲート・マーカーとして使うことを提案する。 現在、製薬企業はアルツハイマー病の根本治療薬としてアミロイドβを標的とした薬剤の開発を進めている。 我々の今回の成果はその薬剤の投与の根拠として必要なアルツハイマー病早期診断に大きく寄与すると考えられる。

参考文献
  1. Okochi et al., EMBO J. 20 (2002) 5408-16
  2. Okochi et al., JBC (2006) 3821-8
図1バイオマーカーはPETなどのイメージングや臨床現場での診断技術の進歩が標的にするよりもずっと前に潜行して起こっている病気の本体の進行を捕らえる
図2今回発見したAPL1β28についての説明。 APL1β28はAβ42と同じ仕組みで作られ蓄積しない性質を持つ。
図3今回発見したAPL1・28についての説明。 APL1・28はA・42と同じ仕組みで作られ蓄積しない性質を持つ。

2009/8/28

 

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